第26話
最低限修理の済んだ王城の地下修練場。この場の騎士の総勢は50弱。死傷者は34名、重傷者は22名、街の外に出ている騎士は50名弱。
「本日より訓練を再開するが、その前に、客人を紹介する」
「はじめましてっ、衛士の夕空逢です!今日から暫くお世話になりますっ!」
「皆、先日の怪異の総攻撃で思う所があると思う。無力さを痛感したことだろう。…だが、今は耐える時だ。十三騎士が既に怪異討伐に向かっている。彼等に追いつくように、今日も訓練に励もう」
騎士団長は姫の護衛兼執務手伝いで不在。仕切っているのが誰なのかすら、彼は知らない。
そも、一人前の神秘使いは大体が、本拠地となる街から離れ、四方に散って役目を果たす。炎使いが沢山いる場所に炎使いがいたところで、仕事なんて限られている。
騎士なのだから、自治の為や、後輩の訓練などのために残っている者と、家族をこの街に持った者ぐらいだろう。
彼女がこれから戦うのは、訓練生と、大陸巡り者と、普段それに教える立場である者だ。…負けられない。
ブーメランダガーのおかげもあって、彼は今日はなんとか勝利した。
これからは雨天時や対水神秘も兼ねて、炎だけでなく剣術にも重きをおくらしく…勝てない彼であっても、剣の腕は一人前だ。それなりに需要はあった。
「…ふぅん」
ボロボロになりながらも勝利した彼を、遠目から見守るクォーリア。
「…弱いのぅ。じゃが…不可思議を用いれば…」
弱々しくも確かにある、胸の中の炎。”理想郷”に辿り着いた者として、かつてこれ程弱々しかった者はいないが…それ故に、必死に抗う姿に、言い知れぬ気持ちがこみ上げるのだった。
――――――――――――――――――――
「澪、この依頼はどうじゃ?」
「何々…。…大丈夫かこれ」
『
瞬間移動を行う怪異、もしくは不可思議使いの発見報告。
少しでも情報が欲しい。人相書きは以下の通り。
最後に発見されたのは王城北、平原と雪原の中間にある村。未知の言語を使用しており、コミュニケーションは不可。農作物を奪われるなどの被害。
敗走者数26+
』
「…この怪異、まだ生まれて間もないと見た」
「ふぅん?」
「怪異が知恵を付け出すのは凡そ、生まれてから10年は経ってないと無理じゃ。勿論、同族がいたり、教える立場の者がいればもっと早いが」
「…瞬間移動の敵か…厄介な」
「うむ。手をつけられなくなる前に殺しておくべきじゃろう?」
怪異の癖に怪異を殺すことに躊躇いがないんだな…などと、言おうか言うまいか一瞬迷って…言葉を飲み込んだ。
「…俺たちでやれるのか?」
「なんじゃ、えらく弱気じゃな。行方知らずの神秘使いをいくつも生んでおるのじゃ。長どもに任せるのも悪くはないが……そこの奴はそれまで放っておくのかの?」
ちらりと、二人の会話に混じらずに依頼書をジッと見つめたままの夕空を振り返り、彼は思わず溜息をもらした。
「…澪、私もこれが良いと思う」
―――――――――――――――
王都を西から出て北上、徒歩で三時間程歩いた後、ポツンと森に隣接するように存在する村が見えてきた。
「休憩とするかの。目撃情報があれば、知っておきたい」
王都で仕入れた情報では、かなりの実力者も負けていること、見た目はさながら”白いペンキで覆われた人。生き残った奴曰く「距離を取れたら追ってこなかった」とのこと。
「というか、瞬間移動の癖に、距離が取れたら見逃す…?」
改めて、どういうことなんだ…?と唸っていると、ふとクォーリアが、虚空に向けて投げかけるように、ポツリと疑問を置いた。
「…お主達は、怪異がどんなものか、どう理解してる?」
「急に無から現れては人間に襲いかかる災害みたいなもん」
「…野生の動物、鳥とか魚とか、よりも強い…神秘を持った生物…?」
「どちらも、まぁ正解じゃ。…が、それだけでは20点」
「んじゃあ、100点の回答は?」
「…お主達は皆、母親から産まれてくる。そうじゃな?」
歩きながら二人して頷く。
「では、お主達の母は誰から産まれた?その母の母は?その母の母の母は?」
「…怪異は、人間と変わらん。急にこの世に放り出され、言葉も何も知らずに、恐怖の中で生き始める」
「人間の祖先もきっと同じ。たまたま生き残れて、たまたま相性の合う相手を見つけ、偶々種を残せた」
「今回の怪異はその典型。偶々生まれて、人間に襲われるも、赤子のように暴れ回って生き残った」
「…じゃあ、もし私達がその怪異に文字とか言葉とか社会を教えてあげられれば…!?」
「…そうじゃな。ただ、相手は人間の赤子とは違う。泣き噦るだけでなく爪を立てて襲い掛かってくるじゃろう。…お主達が今まで知らずに戦ってきた怪異がそうであったようにな」
事実を淡々と話すクォーリア。恨んでるとか、やりきれない気持ちだとか、そういったものではなく…ただ、本当の事を。
「…剣を納めて話し掛けて、仮についてきてくれたとしても、餌付けし続けて手懐けても…そもそも、自分より強い生物をそんなに根気強くやって…得られるものと失うものを比べれば…俺はそんなことはしない」
「…でも、一緒に戦ったりとか…」
「10年程度掛けて手懐けてまでか?」
「うぅ…」
「…ペットを手懐けるような感覚では難しいのか?」
「種によるじゃろうが…少し機嫌が悪くなったら風で切り裂いてきたり火を吹いたりする犬を飼うか?」
「…なるほどな」
未だ言い訳を探そうとして唸っている夕空は置いておいて、ふと、視界の端に映る村の門に導かれるように村の方へと顔を向き直した。
「…は?」
――――――――――――――――――――――――――――――
一人の男が村の入り口、門に手を掛けてのっそりと外に顔を出した。
…白い、ただただ白い、流線型の鎧を着ているだけの人…にも見える、数時間前に人相書きで見た怪異。鼻は無いが口はあるようで、兜と一体化したような頭部はどういう構造なのか、小さく口が開いていた。鼻が無い分口で呼吸しているのだろうか。
三人して急停止。件の怪異との距離は10メートルも無い。怪異も一瞬固まったが、そらからそっと門から手を離し…片手に持っていた大きく膨らんだ布袋をそっとその場に置き…
一歩、また一歩…と、彼らに近づいて来た。
「ッ…下がるぞ!」
彼の指示に従い二人も一歩、また一歩と下がる。
道中話し合っていた。もし、距離を詰めてくるようだったら、間違いなく”瞬間移動できる距離に限りがある”筈だから、一定の距離を保とうと。
「…穴はもう作ってあるよ。さっきの所まで来たら落ちる」
「うむ。…もし踵を返すようなら…」
「…いいや、この場で倒すしかない。…これだけの血の匂い。そこの村はもうダメだ」
「っ…」
落とし穴の地点まで進んだ怪異は、それから間抜けにもズボリと穴に落ちた。
神秘の気配、とは…人間で例えれば匂いに近い。「なんか変な匂いするな…まぁいっか、行こ」となるか、「…これ、硫黄か?ヤバイ、引き返そう」となるか、というように…そもそも嗅覚が鋭いか否か、神秘が匂うか否か、その気配がどんなものなのか理解しているか、という点で「神秘探知」の技能は判定される。神秘探知は必ずしも怪異だけが行える訳ではなく、神秘使いでなくとも、非神秘使いですら、それは可能だ。
彼はできないが。
下半身が落ち、続いて文字通り流れるように上半身が地面の下に落ちるのを見る…筈だった。
一瞬の瞬き。その後少女達が見たのは……1歩分前に出た彼が、2人の眼前に迫る針を素手で掴み、血を流す姿だった。
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