第23話
胸を押さえ、膝をつき目元を抑え、口元を覆い、頭を抱え、うめき声を上げる。数秒毎に悲鳴を上げる彼を、誰かは笑い、誰かはドン引き、誰かは心から心配する。…彼の理想の少女はというと、苦笑いを浮かべていた。
「…1つ聞きたいんだが」
「なに?」
「…旅に出たいと思うか?」
「…べつに?」
「…だよなぁ」
この返答は解っていた。何故なら理想だから。…いや、言ってほしい言葉を言ってくれるから、というわけではなく、彼女ならこういうだろう、という予感による確信だ。少女が旅に出たいと思ってないから連れて行かない、というわけではない。ただ…ただ。
『好きだからこそ、偶像だからこそ、それ以上深く立ち入ることが怖い』
立ち上がり、少女達を確認する。ああ、こんな出会いでなければ…。
なんというか…マヌケな姿だと、思った。この少女達は、奴隷か何かなのだろうか。
もし『やぁやぁ、貴方には大変お世話になりました。お礼と言ってはなんですが、私の扱う商品(奴隷)の中から好きな娘を1つ差し上げましょう』みたいなセリフの後にこういう場面が来そうだ。
まぁ、少女達の服も態度も、奴隷とは真逆だが。
全く関係ない方向へ思考がズレているのを正すため、彼はもう一度、少女達を一通り見定めた。…品定めをしているようには見えないように、さも、女性と目が合わせられない男風を装って。
…あれ?
「…決まりましたか?」
「……ああ。決まったんだが…」
「?」
「1人、来てないのがいないか?あの子がいいんだけど」
瞬間、時が止まったかのように空気が凍りつく。
「んなぁっ!」
ざわざわと湧き始める少女達。一際大きく驚き変な声を上げたのは黒髪の長であり、わなわなと震えると顔を真っ赤にする。
「ど、どうして…あの人なんでしょうか?」
「いや、好みだなと思ったからなんだけど…。…不味いのか?」
「え、えっと…その…」
まるで自分が予想外の告白を受けたかのようにオロオロと焦る黒髪の少女。
疑問符を浮かべる彼。
NO!が少女から発せられるより前に、活発そうな不可思議少女が声を上げる。
「だいじょぶですよ!持ってっちゃって下さい!」
「ぬっ!?」
「ふふふ…うんうん、も、持ってっちゃって……ふふ…」
「うんうんっ!長の可愛さに気付くとは分かってるねっ!大事にしてあげてね!」
同意の声が何人からも届き、赤くなりつつも裏切った少女達を訝しげに睨む。
「む、むむむぅ…!えーいっ!」
黒髪の少女が右手を横に翳すとどこからとも無く光が凝縮し始め、やがて1人の形を取る。恨めしそうな顔で出現した少女はお目当ての彼女であり、その少女が現れると同時に、黒髪の少女の目から光が消える。
「お主っ!よりによって妾を選ぶとはどーいう了見じゃ!」
ツカツカと歩み寄ってきた金髪の少女。怒った様子を気にも留めずに彼は少女の頭を撫でる。
「ぬぉっ……んなぁぁっ…!」
照れとも怒りとも取れる、しかし払い除けようとも逃げようともせず、恨めしげにこちらを見上げる少女。
「こ、困る…!困るのじゃあ…!」
「で…他の人達は良いって言ってるんだが」
「ぬ、ぬぐぅうっ……わ、妾は里の長じゃぞ!こ、この里から離れるわけにはいかぬ!」
ジタバタと暴れ、手の中から少女が逃げ延びる。
「…?こっちの子が長なんじゃ…?」
「妾はこやつらの精神に同居できる!故に客が来た時はこやつの身体を借りるようにしてるのじゃ!万が一を避けるために!」
要するに、彼女が死んだら全てパァだから、スケープゴートを使っていた、というわけらしい。
「…そういう意味での、私でも可、だったのか。…お前じゃダメなのか?」
「だ、ダメじゃと言っておろう!ほら、大人しくその銀髪のに…」
「いんじゃない?長がいなくても、何とかなるよ?」
「ぬぁっ、新入りは黙っておれ!」
心底どうでも良さそうでしかし、悪戯心を感じさせるジト目で言った銀髪少女に反射的に反論するが、他の不可思議少女達も長の期待に反した声を上げる。
「…マスター、部屋でぐうたらしてるだけだしねぇ」
「そうそう、偶には外の世界に触れないとって、みんなで話してたんですよ」
「ぬっ………ぬぅ……お主ら…親には優しくしようという心は無いのか!?妾がいなくてもいいと!?」
「…だって長、精神同居でいつでも連絡取れるし、いざとなれば転移ですぐに帰ってこれるじゃないですか」
一際小さな桃色髪の少女に完全に反論できないことを言われてしまい、長は言う言葉が思いつかず呻きながら押し黙ってしまう。
「私たちの修行も大事ですが、マスターの健康の方が大事です」
リーダー格らしい、金髪の背の高いメイド服の女性がそう言うと、ついに打ちひしがれ…ちらりと彼を振り返る。
「……でも…。……お客人、名は何という」
「北本、澪」
「澪、か…。…お主、何故妾なのじゃ?理想の少女はこの娘じゃろう。…妾は性質上、多少、人の心を読めるのでな。お主の目には妾よりもこやつの方が輝かしく映っていることは疑いようもない程じゃ。…妾には、お主に選ばれる理由が解らぬ」
学者気質なのだろうか、疑問を1つ、2つと出していく内に、頬の赤みは薄れ、次第に疑うような、不安のような色が込み上げてくる。
「…その理由次第では、妾が付いて行ってやろう。しかし、妾を納得させる理由でなければ、この話は無かったことにさせてもらう」
比較的幼い容姿の不可思議からブーイングが上がるが、長は聞こえないフリで彼を真っ直ぐに見つめる。
「…確かに、俺の理想は…この子なんだろう。認めよう。かつて味わった事が無い程…ドキドキしたのは事実だ。こういう不可思議、を生み出したあんたのことは尊敬する。その力は、全ての人間の夢を叶えてくれるものだから」
「じゃろう?なら…」
「もし俺が、彼女が不可思議の存在…俺の”理想”だと教えられていなかったなら、間違いなく彼女を選んでただろう。だけど、それでも…いつか違和感に気付いたはずだ」
「…彼女を生み出してくれたことは、何を払ってでも礼をしたいぐらいだ。だけど…そしたら…元に戻れなくなってしまう」
「ふぬ?」
「この子はこれからの時間を殆ど寝て過ごすだろう。堕落の日々だ。…俺は、まだそうするわけにはいかない。俺の理性にとって、毒だ」
「それだけじゃない。…解るか?俺の理想なら、彼女は俺を選ばない。もうひとつ。次の返事が解るなんて、どうかしてる。恋愛なんてできないんだよ。俺とこの子との会話は、ただの独り言と変わらないんだから」
「…ぬぅっ…んん……。…?次の返事が分かる?」
「ああ。そりゃそうだろ」
「そんなわけあるか!そんなにハッキリと自分の理想を理解できるわけなかろう!…ちょっと来いっ!」
銀髪の少女を彼の隣に引っ張ると、少女は元の位置に戻り、一つ咳払い。
「これから少しの間、“お主は喋るな”。これ以降の会話を、その少女が話す言葉で喋るがよい。…できるな?」
自分の中で何か大事なものを否定されたのだろう。少女は若干怒ったような口調で、さながら不法侵入者に真意を吐かせるかのような威圧感で、彼を睨んだ。
集中、目を閉じ…自分の胸の奥に語り掛ける。…次に目を見開いた時、その目つきは銀髪の少女と似た物になっていた。
「『…ん』」
2人。2つの口から、同じタイミングで同じセリフが返る。
「うむ、では…質問じゃ」
「『j(g&#Igg&eT/』」
「『……なに?』」
「むぅっ…。…お主、明日は何がしたい?」
「『なんでもいいけど…お昼寝、かな』
「…心臓の動きをどう思う?」
「『…普段意識しないけど、偶に感じると…安心する』」
「っ…。ラブラブじゃのぅ。…お主はついていきたいとは思わんのか」
「『ラブラブじゃないし。…というか、別にこの人がどうなろうとどうでもいい』」
「他のといちゃついててもいいのか?」
「『どうでもいい』」
「…?お主、こやつのことをどう思うとるのじゃ?」
「『…どうでもいい。求められれば応えるけど』」
「……」
「…私を生み出した、私を理想とした人。だから、私のことが好き。…知ってる。嬉しい。…きっと、恋だってできる。私と会えてうれしいことも、私にしてほしいことも、知ってる。私に隣にいてほしいことも。けど、“怖い”のも…解る。だから、会いたいときにだけ逢えばいい。この人は私に、目を閉じたら…ぼんやりだけど会えるし」
どうでもいい、と目を逸らしながらも頬を掻く少女。
「――今のは?」
「…ノーコメントで」
最後の最後で彼女をなぞるのを止めた彼。興味深げに2人を観察する少女。
「…ん」
隣の澪をちょんちょん、と突く少女。多少慣れたのか、それとも先程までの集中のせいか、平然と彼は振り返り…照れ臭そうに両腕を広げる少女を正面に捉えてしまった。
「ゔっ…」
あまりの衝撃に喉が詰まる。
「……いらないの?」
眠そうな瞳が真っ直ぐに彼を絡めとる。彼を引き込む囁きと甘美な誘い。どちらでもよい、の中に、僅かにだが不安と照れの色がある…ような気がした。
「…………いります」
自身の理想が目の前で命を持って動いたら…大多数の人間は、泡を吹いて倒れるだろう。
人によるのは当然だが、しかし彼は…本当の恋愛はできないだろうと思ってしまう。なら恋愛しないでただ隣にいてもらえばいいとも思うが…その場合いつ、何を自分がやらかすか解らない。側にいたら、自分は間違いなく、彼女からの好感度を下げてしまうだろう。
次の言動を予測できる、と言った彼だったが、何もない白い空間で次に何を喋るか、を予測できるかといえばそれは微妙な所で…先ほどの提案で100%なぞることができたのは、実の所予想外だった。
心臓のビートが、脳の燃焼が、彼を蝕み、”理想実現”という毒を体にキメる。
恐る恐る近づき、密着すると…銀髪の少女は彼をゆっくりと抱きしめてくれた。
華奢で健康的な身体。弱弱しく、彼が全力を込めれば折れてしまうのではないかという細い手足。ぼさぼさの寝癖が付いた長い髪は、しかし予想に反してふわふわとしてお日様のいい匂い。
抑えきれず、堪えきれず…彼は、両腕を少女の背に回し、感触を、体温を、鼓動を求め、強く抱きしめた。
「「………」」
普段の彼ならこういうことはしなかったかもしれない。或いは、夕空がこの場にいれば、もっと冷淡に振る舞ったかもしれない。
だが…だが。彼はまた”ダメ”になっていた。あの、夕空と初めて会った日のように。どうしようもない暗闇にいるような時間を過ごしていた。
気分転換に〜なんて言ったが、もし今の、ただの剣士の彼が怪異と戦えば、勝敗は分からない。あのゴーレムにはまず勝てないだろう。
そこにきてこの「ゲームをクリアしますか?」と前後の脈絡を全て無視するかのように現れた提案と、理想。
『ハイ』と答えてのんのんと適当に、接客でも農業でも、或いは門番に戻るのでも…彼はもしかしたら……いや、”理想を手にした”彼はもう、その時点で幸せなのだ。
ただその人生こそ…いよいよ、彼の嫌う…”ご都合主義”そのものではないか。
彼はまだ、何も成し遂げていない。
しかし今、この選択は…拾った3億当選の宝クジを『自分のじゃないから』と見なかったことにするのと、そう変わらない。俺自身が500円を払ったわけではないから、という理由だけで、それを放棄する人間なんて…本当の本当に、一握りだろう。
その選択を…今、選んだ。
『頭がおかしい』と、この場にいる全員が思っている。無論…彼も、理想も。
それを手にすれば、もう”何もしなくて良いのに”。
でも…仕方ないのだ。もし3億円なら拾ったかもしれないが…彼の理想、は…そんな…『”神様のきまぐれ”でポンと与えられていいものじゃない』
だからこれは…未練の断ち切りのための、彼ができる最大限のわがまま。
回りのことなど一切目に入らない。彼が満足するまでの数分間、少女はただただ、されるがまま…眠るように瞳を閉じ、押し付けられる緩やかだが死にそうな鼓動に意識を落とした。
「……名前」
「うん」
漸く、正気を取り戻した彼は…抱きしめた少女を離す。んむぅ…と若干寝つつあった少女は欠伸をすると目を掻き、寝ぼけ眼で彼を見つめる。
「…ネア。音亜。……どうだろう」
「ねあ…」
反芻し、少女は今度こそ目を覚ます。何度か呟き、感触を確かめ…胸を押さえ、自分の中に、その名を飲み込んだ。
「…うん、気に入った。…ありがと」
「こちらこそ。…ネア、会えてよかった」
自然と伸びた右手がネアの頭を撫でる。大人しく撫でられる様が猫のようで可愛らしく、彼がその手を離すまでに、また暫くの時間を要するのだった。
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