第20話
2日経ち、怪我は完治。
実力を過信しているのかもしれない。少しは良い格好できるんじゃないかって。
そう思い始めた時が、剣士としてのスランプの始まりになるのだろう。
だから、彼は沈んでいく。
1秒は耐えよう。どうせ勝てやしない。あんだけ大口切って、馬鹿じゃないのか。何様なんだよ、お前。
―――どんどん、どんどん沈んでいって…試合場に着く頃には、その目の光は失せていた。
「澪、頑張ってね!」
「…ああ。やれるだけ、やるさ」
彼の手足には、彼女お手製の手甲、脚甲がつけられていた。所謂防火対策だ。
街の外、草木の無い平原のど真ん中。側には数名の騎士と、逢、姫。
「…不殺の誓いをここに立てる」
「…こちらは立てられないので、貴方も立てなくても…」
「いいや。立てた方が戦いやすい。寧ろ、本気で戦うためにはこれは必須だ。…そうだろう?」
手加減はしない、ということらしい。歯痒いが、同時に少し嬉しくもあり彼は頷き返す。
「―――では、姫、開始の合図を」
「はい。――準備は、よろしいですね?」
「…はい。」
納刀したまま、刀に手を掛ける。
一方の銀鎧の騎士は剣を抜刀、その刀身に炎を纏わせた。
――それは、通常の侍に対してはありえないこと。何故って流撃と相性最悪だから。
だが…彼相手なら効果はある。
「では…始めっ」
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1戟――炎剣「炎を剣が纏う」
2戟――フレイムウォール「斬撃にも壁にも」
3宣――メテオレイン「空から火の玉が降り注ぐ」
4形――ミストール「煙幕」
5邈――爆炎剣「衝突爆発(風にも似たようなのがある)」
リーチが届かなくとも炎の波が追撃する。間に障害物(剣で防ぐ)等をしていればセーフ。していなければ空気を伝染し炎の手が伸びる。
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―――どちらも動かない。彼はいつでも抜刀できるように手を掛け、摺り足で少しずつ間合いを測る。男はジッと鋭い目付きで一挙手一投足を観察する。
一歩、また進もうとしたその時に、眼前に炎が迫った。
「――っァ!」
抜刀する間も無く鞘でその一撃を受ける。熱が彼を襲い、慌てて一歩下がるが、男は更に一歩詰めて来る。
そうして一歩、また一歩と下げられてしまえば、いずれ致命的なミスをする。
次だ。次で反撃を。
一歩下がると一歩迫られる。その瞬間に彼もーー1歩前に出た。
不意を突き、男の剣を握る手を全力で殴る。
横に回り込み鞘を裏関節から叩きつけると男は僅かにバランスを崩すが、すぐさま反撃の薙ぎ払い。
後ろに飛んで回避するが、その剣から炎の斬撃が飛ぶ。
その場で屈み、顔の前を腕と手甲で庇いギリギリ回避するが、その大きな隙は見逃されない。
振り下ろされた炎の一撃。来ることがわかっている攻撃を見る暇があるなら、1秒でも早く回避の手段を講じるべきだ。
見るより早く抜刀…その時間すらもう既に無かった。
振り下ろされた剣。それを彼は拳の裏?、手甲で殴り軌道をズラした。
それから男の手を掴み、踊るように一回転、関節をキメ…一度大きくポキリ、という音がした。
剣まで奪ってしまえば勝負は決まってしまう。
…あれ?
――――――――――――――――――――
…対策もちゃんと考えてたんだ。
第2神秘が来たらダッシュするしか無いとか、第3はこれ無理じゃないか?いや、剣を盾にして…とか、第4が来たら寧ろチャンスだ、第5に関しては正直どうしようもないとか。
持久戦はまずい。基本はやはり一発逆転のカウンターになる。
とか…色々。
ただ、そう…勝負の世界…というか、人生とは、案外そういうものなのかもしれない。変なところに限って変なことが起こる。報われるべき努力が理由無く平然と踏み躪られる。勝つべき人が負けて、負けるべき人が勝つ。そんなことばかり起こるから、運なんて不確定なものが存在するから、この世界はつまらないんだと、勝者であるはずの彼は思った。
剣を突きつけると、関節をキメられダランとした右腕を庇いつつ俯いた男はただ短く、
「…参った」
と、そう言った。
「…ありがとうございました」
掛けるべき言葉が解らず出たのは、敗北したときに言う予定だったそんな言葉だった。
男は剣も受け取らず、痛むであろう右腕を抑えつつも、姫の元へ歩んでいき、頭を垂れた。
「…期待に沿えず、申し訳ありません」
「いいえ。顔を上げてください。貴方ほどの人でも、負けることはあるでしょう。連日の復興業務の疲れもあるのでしょう。…ただ、危うく命を失ったかもしれないことを自覚しているのなら今日、それに明日は休養に使いなさい」
「ご忠告、痛み入ります」
「この後のことは私がこなしておきます。貴方は今すぐ医務室へ行くこと。民にその姿は見せないように」
「仰せのままに」
騎士の表情は揺るがない。顔を上げ歩き始める直前、一度目が合うも、2人は無表情のまま、男はその場を去っていった。
「改めて、北本様…ありがとうございました。…貴方から見て、彼はどう映ったでしょうか」
「…今の戦い、全然実力を出し切っていないように思います」
「…そうですね。ですが、負けは負けです。彼は戦い方を選んだ。例えるなら、丸腰だと高をくくって隠しナイフに刺されたような…いえ、こう言うと失礼になってしまうかもしれませんね」
「いえ、仰る通りだと思います。初めから第3、第5神秘で押されれば…、そうでなくとも、最初から勝機の無い攻め方をされれば、終わっていたでしょう」
「戦いはいつ起きるか分かりませんから、体調管理も万全にしているはずなのですが…防衛で働けなかった分無茶をさせていたのなら、申し訳ないことをしてしまいました」
本場をこれまでに見たことはないが、体調が悪いというような感じはしなかった。どちらかというと、予想外の不意打ちで一気に盤面をひっくり返されたような…それも、明らかに有利だった状況をぶっ飛ばすレベルの不意打ちによって。
…いいや。そもそもの…あの”表情”は、なんだ?
負けたのに喜んでいる…というような、真逆さを感じたわけではないが……妙な、違和感がある。
「ですが…彼は目的を十分に果たしてくれました。…北本様、是非我が国の騎士達の好敵手となっていただけませんか?とりあえずの期限は2ヶ月、報酬は満足させないことはないと思いますが…」
「…そうですね。喜んでお受けさせていただきます。私としても、あまり味わったことのない剣技なので」
城に向かい、応接間で契約書に記名。行き場を無くした団長の剣は姫に返した。
「…きた〜っきっ」
「うん?」
宿まで戻ってようやく、人目がなくなったからか、うずうずをようやく解消しようと彼女は椅子に座るやいなや彼へと向き直った。
「勝てて良かったね!…というか、よく勝てたね」
「ああ…実際、偶然以外の何物でもない」
「不調って感じ、した?」
「いや別に。まぁ本調子かどうかなんて一回しか戦ってないし分かりようもないが…勝てたのは単に、本当に運が良かっただけだと思う。あの人もそれは解ってただろう」
「不調なら不調で戦い方があるから…。でも、偶然って言ったって、突然落とし穴ができたとか、当てずっぽうで投げたらクリーンヒットしたとかじゃなくて、本領発揮される前にドンピシャで上手くやれた、って感じなんだから。誇って誇って!」
「まぁ…一うん。そうだな。勝ちは、勝ちだ」
「よーし!お祝いだ!美味しいもの食べに行こ!私が奢ったげる!」
ねっ?と確認するように振り返った夕空。未だ納得いかない様子だった彼も、そんな風に笑顔を見せれてしまっては、これ以上何も言えず、彼女に習って笑みを返すのだった。
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