第19話

 目覚めは知らない天井から…というのはそこまで珍しい出来事ではない。

 …にしても白い天井というのはどうにも慣れない。

 目覚めたのは真夜中のことで。星々のお陰で自分の今在る状況を理解できた。

 ベッドの感じからもかなり質の良い病室だということは分かる。そしてベッドの隣、椅子に座り、コクンコクンと舟を漕ぐ夕空。あとで説明されることだが、王女を助けた功績からそれなりの扱いを受けられているらしい。


「…逢」


 手の届く距離にいる彼女に、気がつくと腕が伸びていた。その頬に触れると、突然の感触からか彼女は飛び起き…眠気目な彼女と、驚いて僅かに大きく見開いた彼、2人の目が合った。


「…きたっきー?…あれ、寝ちゃってた…?」


「あ、ああ…」


 寝ぼけてるらしく軽く目を擦り、それから再びボーッとしだす。


「ちゃんとベッドで寝れば?」


「ぅ〜…そうだねぁ…」


 1人部屋。ベッドはこの1つのみ。さて、どうしたものか…と考えていたところで、再び眠気が彼を襲う。


「…ねぇ、澪」


「うん…?」


「…明日のハンバーわおいしくぬいからかぇろうね」


「………おやすみ」


 結局また舟を漕ぎ始めてしまい、それに釣られて彼も意識を手放した。


 ――――――――――――――――――――


「きたっきー!」

 数時間後、再びの起床。

 起きると同時に彼女も飛び上がった。

「大丈夫?痛いところはない?動かないところとか」

 体をペタペタと触ってくる彼女。余程心配してくれていたのだろう。アワアワと慌てた様子がなんとも面白かった。

「大丈夫だ。…この感じなら、明日か明後日には歩けるようになるだろ」

 どうにも特薬草まで使われたらしい。体に巻かれた包帯は、いかにも最上のランクの物だなと、よくソレにお世話になった身には分かる。


「そっか…あっ、私先生呼んでくるね!」


 ――――――――――――――――――――


 その後いくつかの手続きを踏み、明後日には退院ということになった。騎士が連絡を飛ばし、どうやら姫もこちらに一度会いに来るらしい。

 寝ていた期間は一週間。彼女は毎日会いに来てくれていたらしい。

 街については既に殆ど元通りであり…城については神秘使いの尽力によって、彼の退院と同じく明後日には形は元通り、とのこと。中の調度品などは殆ど壊れてしまっており、財源がどこから出たのかは不明だが…彼が気にすることではない。


「…ねぇ、きたっきー」


「うん?どうした」


 とりあえずホッとした、という顔から一変、彼女はどこか沈んだ表情をしている。


「…その…、危うく死にかけたんだよ?どうして…助けたの?」


「…お前なら助けるんじゃないのか?」


「それは…たぶん。でもそういうことじゃなくて」


「はぁ…。まぁいくつか理由はあるが、最初は火使いの長の力が見たかった。いないっぽいから尚のこと、目に見えて活躍すりゃ恩売れるだろうって思った。まぁあそこまで上手くやるとは思わなかったけど」


「う、う~ん」


「そ、それだけじゃないぞ。祭りの日に団長が出かけるって状況もまず変だし、そのタイミングに襲ってきて、かつ狭い空間で人を守って戦う騎士よりも上手く立ち回れると思った。まぁ、死ぬ気なんて微塵もなかったよ。あの怪異にはかなり高い知能と、人間の仲間と、大きな目的があるように思った。だからその現場に居合わせたかったってだけだ」


「でもその…お姫様を助けに戻ったって聞いたけど」


「地盤降下するなんて思わなかった、それだけだ。結局、実力と運を過信して死にかけた。同じ目に会うことが解ってたら助けに戻ったりしない」


「…いちおう、納得」


「そうかよ。ったく、説明しないほうが良いことだってあるってんのに」


「あ、あはは…」


「正義感バリバリの回答でもしとけばよかったか?一番狙われてたからとか、自分の身に代えてでもとか」


「…まぁでも、もう一回同じ状況になってもきたっきーなら助けそうだけど」


「無いな。手柄目当てで一人で突っ走るなんて二度としない」


「そっちじゃなくて。崩れそうなお城で、転んだ人のために戻るってところ」


「どうだか。想起して足が竦むだろうな」


 俺、意気地なしだから。なんて冗談めかしくにやりとしつつ付け足す。


「ふふっ、よく言うね~。でも、だからこそ…」


「?」


「――君が生きててくれて嬉しい」


 慈しむような笑みが、背に帯びた太陽の光も相まって…彼の記憶に焼き付いた。


「…ああ」


 何にも言い返せなくて、でも目が離れなくて。

 暫く見つめていると彼女が顔を赤らめ始めて…ようやくハッとして彼も目を逸らした。



「…先日は誠にありがとうございました」


 ペコリ。

 お出かけ用だろうか。それでも長い赤色のスカートのドレスを着た王女が騎士を連れて病室へ。入ってくるやいなや彼のベッドの前に来ると深く頭を下げた。


「…ご壮健のようで何よりです。この負傷は自分の実力の足りなさ故ですので。どうかお気になさらず」


 最大限言葉を選び、それから彼も頭を下げる。


 威光…というよりも、圧。オーラがなんとなく感じられた。

 報酬交渉とかも考えたが…復興でそんな余裕はないだろう。大金は期待できなさそうだ。

 それに結局大した活躍もできなかった。


 なんとなく察したのか、夕空は部屋を去る。


「…そう言っていただけると、救われます…が。私のために死んでしまった騎士達、そのご家族にも、できうる限りで慰安金の方をお支払いしております。実力が無いとはおっしゃられますが…貴方がいなければ、屍の山の上に立つ者がいなくなっていたのも事実です」


「ライクローゼ」


 後ろに控えていた騎士は、携えた錠前付きの鉄の箱を姫へと渡す。


「2000金あります。お受け取りください」


「」

 予想の数倍だった。


 量で言えば、男平均年収の5倍程。


 差し出された箱を受け取り、鍵も。


「…北本様」


 背後の騎士が声を掛ける。男は長身の赤髪、分かりやすく他の騎士よりも煌びやかな鎧を身に纏う。そもそも彼も、この騎士が誰なのか知っている。


「失礼とは思いましたが、貴方のことを調べさせていただきました。先月水月流を破門され、路頭に迷っていたところを、その剣術を評価され、衛士ギルドで指南役を引き受ける。先日その契約を満了、王都へはコンサート目当てで来た。…間違いないですね?」


「…はい」


「つまるところ無職と」


「まぁ、はい」


 炎を思わせる真紅の髪。少女2人は気付かない様子だが、彼にはその男の目が、闘志で満ちているのを感じていた。


「…もうお察しとは思いますが…貴方の実力を見せてもらっても?」


「――――ええ、喜んで。元よりこちらも、貴方にお会いできることを期待して此処に来たので」


 驚く程敬語が似合わない騎士の、その静かに燃える宣戦布告に…秋堅の時同様、胸が熱くなるのを感じた。


 ―――――――――――――――――

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