第18話
男についていき玉座の間を出る。城は火に包まれ、今にも崩れ落ちるのではないかというほど所々が痛んでいた。
「お侍様。通り道の消火を頼めるかしら」
「悪いが神秘は持ってない。言ったろ、弱いって。だからあんたは…走って逃げるしかない」
四人ほどなら余裕で歩ける幅の広い階段、そこを降る最中…炎の壁を突き破り、怪異が四羽飛び込んでくる。
抜刀。先ず正面の一体、横薙ぎ一閃。横を通り抜けようとする一羽をタックルで手すりに叩きつける。頭がおかしな形に捻れ死亡。左右から1秒差で突っ込んで来たカラス。先に来た方を肘から下の腕を振り下ろすだけで床に叩きつけ、もう片方を左手で掴み、力任せに潰す。
風の切る音でもう一体の接近に気づいた彼。しかし怪異は彼を通り過ぎ姫の元へ。
ギラリと炎を反射し光る嘴が間一髪彼女の鼻先に迫った所で…下から上へ、刀がその身を左右に二分させ、怪異は寸前で霧散した。
「走れ!」
先行して階段を下る。懸命についてくる少女。後ろから更に迫る追手を、彼は少女の背後へ回り込んで返り討ちにする。
一階。エントランス。騎士だけでない、街の人々の死体の海。
しかし彼は躊躇わない。少女もそれについていく。
地面が大きく揺れる。思わずバランスを崩し膝をつく彼。少女はそれどころではなく転び、倒れ、よりドレスを血で染めた。
「っ…!」
彼は引き返し、少女を立ち上がらせる。
…手を掴んだその時、一際強い揺れがもう一度起こり、ついに城は瓦解する。頭上から瓦礫が、足元に穴が。
完全に、詰みだった。
そもそも、この城に行くことを選んだのは、1つは怪異達の目的があるのかという興味だが、もう1つは、恩を売れるんじゃないか、という謀からだ。…まぁ、結局こうなったわけだが。
そもそも間違いだったのだ。神秘も使えない彼に何ができる。炎、或いは水使いなら火も消して迅速に脱出できた。風使いなら飛んで揺れを回避、落ちることもない。地使いなら落下、落石でのダメージを回避できる。
何もできない彼は…?そう、ただ落ちるだけ。
『…それでも、できることはあるはずだ…!』
掴んだ手は離さない。体勢を崩しながらもなんとか剣を抜刀。上から迫る一際大きな瓦礫を弾き防ぐ。長く使っていた刀はその衝撃で中腹から先が折れ、衝撃でそのまま何処かへ。続けて落ちてきた小さな瓦礫達までは防ぎきれず、甘んじて彼は血を流した。
…そもそも、地割れにしては周りの空間が広い。視線を横にやると螺旋階段のようなものも見えた。…どうやら元々、この城には地下があるらしい。
…せめて少しでも痛みを引き受けなければ。どちらにせよ下手をすれば死ぬが。
…自分が彼女をクッションにすることは難しいが、逆は可能だろう。
――未だかつて味わったことのない潰されるような鈍い痛みで、ついに彼は意識を手放した。
崩落した城。救援が彼らを発見したのは、それから1時間ほど経ってからだ。
これほど迅速だったのは、瓦礫の下敷きになってる可能性を第一に考慮されたからに限る。そして王族が街に出たならすぐに気付くはずでそれが無いということは…というのもある。
瓦礫で埋もれた2人。彼は落下時には下敷きになり、落石時には傘になるという、まさに肉盾とでも言うべき活躍の末、その肉体をギリギリまで追い込んだ。
巨大な瓦礫が直降してぶつからなかったのはまさに運が良かったとしか言いようがない。
というよりも、彼らがいた箇所から地割れが起こったのだ、崩れた足場の上に着地し、その周りの地面も割れ、隣に落ちてきたのだから、笠のように積み重なるのは奇跡というよりも偶然だろう。
各地から集まった神秘使い。偶然にも夕空は彼を一番に発見した。
「…澪?」
行方が分からなくなっていた友人。城に向かうとは言っていたからまさか…とは思っていた。宿にも戻らず、分かりやすいように城の前に立ってくれてたりもせず…。それでも、何処かで生きてるはず、と諦めずに捜し続けた。
だから、その探し求めた相手が瓦礫の下に埋まっているのを見た時…思わず背筋が凍った。
城の地下、死体と瓦礫だらけの赤く生臭いゴミ捨て場。慌てて駆け寄った彼女は神秘の力で瓦礫を簡単に退かし、彼の体に触れる。
…顔を見るのが怖くて、首元に手を当てての脈の確認。
……………
表情は恐怖のそれに。
意を決して彼の体を動かす。と、抵抗力はすでになく、しかし固まっているのか、少し力を強めてようやく、彼は地面に突き刺した刀から手を離した。
身体の隙間から少女が見える。というよりも、彼に夢中で意に留めていなかったが、彼の下にドレスの端が見えていた。
傷だらけ、彼に比べ火傷が少ない少女。美しい顔立ちの、如何にも姫、という少女はしかし、予想に反してばっちり呼吸をしていた。
仰向けにした彼の顔を見る。生気の無い、血の抜けた青い顔。明らかに出血多量で、グロい傷口が破れた服から顔を出す。
「…護って、死んだの?」
彼女が想う彼の像。死ぬときは誰かを守って死ぬか、それとも自分の使命を果たした末に死ぬか。
…はやい。はやすぎる。
『まだ終わるには早いよ、澪』
血みどろ、傷だらけ、瓦礫によってそこかしこの肉が削げ落ちている。それでも、その右手を掴んだ。
………………………………。…………………。……‥‥‥。
「…生きてる?」
僅かに感じたその鼓動。まさかと思い胸元に耳を置き再度確認。…幻聴ではないらしい。
「……。――――ッ!」
声にならない声が少し遅れて上がる。気がつくと安心からかそのまま体重を彼に預けそうになって…それからハッとして救助を呼びに走った。
――――――――――――――――――――
誰かの声で目を覚ます。
王女は目を開けると、なんとか上体を起こした。それから、横に仰向けに倒れた男を見る。――黒い刀の青年。
…また1人、私のために死んだのか。
近くに刺さった折れた剣。護られた印。失った証。
その鞘だけが残っても、できることはもうない。
「こっちです!」
救助の人間たちが螺旋階段から駆け下りて来る。
何のために此処があるのか、最早1人も知らないその空間。死体置き場としては役に立ちそうなそこに降りてきた彼らは王女を見つけると大変喜んだ。中には騎士もいたが…彼女の表情は変わらない。
「それじゃあ、私はこの人を病院に…!」
しかし1人の女性だけは、王女ではなく青年の元へ。
…え?その傷で生きてるの?という周りの人間の顔。それもそうだ。片腕はおかしな方向に曲がり、足には容赦なく瓦礫が落ちていた。頭だけは残った片腕で、折れた剣を杖代わりに支えつつ守っていたが…。
それを察してか、彼女は彼を背負うと振り返り…
「彼、強いですから!」
と自信満々天真爛漫に微笑むのだった。
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