第16話


 雲を突き破り急降下してきた鴉の雨。それは体を自在に変化させ、刃の姿で人々に迫る。

 彼目掛けて迫る鴉は、それが脳天に突き刺さる寸前で軽く手で受け流され、果てには掴まれてしまった。


 下手に何かをされるよりも早く握り潰す。煙のように消えてしまった鳥。…間違いない。怪異だ。怪異が街を襲撃することはままある。しかし大抵はそもそも、陸路なら街を囲う壁に阻まれて襲撃できない、もしくは門番が倒す。空路だとしても、殆どの街には1人か2人、矢倉から見張る風使いの警備員がいるのだ。

 この、ぱっと見で1000は優に超える程の数の怪異に一斉に攻められた場合は…どうしようもない。

 神秘による遠距離攻撃の迎撃、という手もあるが…降りてきたタイミング的にも、かなりの頭脳を持ったタイプらしい。


 ぽつりと、彼の髪の上に音が落ちた。

 音だけじゃない。僅かだが感触もあった。

 その音は続けざまに降り注ぎ…空に向けて、いや鴉に向けて放たれていた炎の弾丸を消失させる。


「あ、雨…!?」


 水に触れれば火が消える、というのは子供でも知っていることだろう。無能、とまでは言わないが、雨が降ってしまっては、炎使い達はその力の殆どを失ったに等しい。


「澪!私たちが…!」


「…」


 逃げ惑う市民達。やられていく炎使いの騎士達。城の周りを飛び回る大量の軍勢。

 ―――俺たちがやるべきことは、なんだ?


 神秘を纏った彼女は跳び、その拳を怪異に向けて振るう。数は多いがそれでも、やはり本命は城にあるのだろう。城上空の黒の比が段違いだった。


 家屋の窓をぶち破り、逃げ延びた町民に追撃をかける怪異達。翼を鋼のように硬化させ、刃のように切り裂いて舞う。

 しかし騎士達もそれなりにはヤるようで、鴉の絶叫もしばしば。

 それに祭りの時期だ、流浪の神秘使い達も少なからずはいるだろう。


 …どうする。


「夕、お前は何処に行く」


「とにかく走り回って!助けないと!」


「…ああ。なら俺は城に向かう。機動力もない俺が街を走り回ってもしょうがないしな。奴らの狙いは城にあるっぽいし」


「了解っ!気をつけてね!」


「お互いにな」


 辺りにいた怪異達は既に消滅しているが、空を見上げればそこかしこに黒い影が。

 斜めに飛び上がりまた一匹、怪異を消滅させた彼女はその勢いのまま街を駆ける。

 彼女に背を向け走り出した彼。所々で傷ついた騎士、町民が倒れ、血の池がちらほらと。一瞥するだけして、彼は城へと一直線に進む。逸る気持ちが、その速度を一段階上げた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい!生きてるか!」

 城の前の門番が2人。片方は完全に息絶えていたが、もう片方は虫の息ながらも命を保っていた。

「…ぁ、ぁあ…きみ、は…?」

「流れの侍だ。あの怪異達は何を狙ってる?何か知っていることは?」

 門は既に開かれていた。避難してきた町民達を受け入れるためだろう。もっともぶち破られた窓から察するに、幾らか入り込まれたようだが。

 しかし城内は屋内なのだから雨による神秘の制限もない。互角以上に渡り合える筈だ。

「姫を…!っ、たの、…む、、だ、団長は、隣町に…っ!」


 …は?…何故?


 呆気にとられて喉が震え…その時にようやく、雨の冷たさにハッとした。

 状況は、最悪どころの話ではなかった。

 団長…つまり神秘の長。長というのは次元の違う力を持っているものだ。恐らくこの雨の中でも神秘を振るうことができるはずだ。それが、いない。

 タイミングが完璧すぎる。意味がわからない。

 …だが、今はそれを考えている暇もない。


 何か、宝を狙っているのかと思っていたが……特定の人間を狙う、だなんて…まるで人間と同じ思考回路を持ってるみたいじゃないか。


 門を潜り城の入り口、石でできた大扉を開ける。


 …4本の大きな柱、光沢すらあるかのような純粋な赤と白の壁、床。これでもかというほど豪華な黄金の調度品達。真っ直ぐに続くカーペット。小さな町の住民全員を読んでダンスパーティーでもできそうなほど巨大なエントランス。…そこは、その後影だけを残し、悲惨な有様と化していた。

 善戦はしたのだろう。…守るべき市民達が邪魔になったのかもしれかい。

 血だらけのエントランス。焼け焦げた匂い。神秘が移ったのか燃えた調度品、カーペット。

 そしてやはり、いくつもの人間の残骸。殆どは騎士のものであり、市民の死体はそれほど多くない。騎士が守ることを優先した結果だろう。

 …いくつかの気配を、エントランス横の部屋から感じた。だが、構っている暇はない。

 仮にその、姫、というのが隣の部屋にいたのならば逆に安全だろう。周りに盾がたくさん在るのだから。タンスかベッドか、兎も角何処かに隠れているのでも良い。


 人の気配は真上からもする。炎の音と、鳥の声と、人の悲鳴。血の海を駆け抜けて二階へ。

 そして振り返ると左右には更に上に続く階段がある。

 三階へ。そしてまた振り返ると、いかにも玉座の間に続いているだろう大きな木製の扉が。傷だらけだが一応扉としての体を成しているソレ。彼はそれを思いっきり蹴飛ばしてこじ開けた。

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