第15話


「ふぅ…ついたー!」

 朝早く出発し、夕方には着いた。途中で馬車を拾えれば良かったのだが運が悪かった。それでも間に合ったのだから、結果良しだろう。

「来た事はあるんだろ?」

「うんっ、案内は任せて」


 王城街ヨンリ……大陸中央にそびえ立つ、巨大な王城を核にした大規模な街。最新の技術が集結した街、人の賑わいは夜も絶えることがない。ヨンリに住む王族の警護を騎士達が受け持っていることもあり、街には騎士が多く見られるが、そのほかの剣術士もまま在る。

 背の高い家々が多く、殆どの建物が三回建以上、白石造り。白都とも呼ばれる。


 彼女の後ろをついていく。結われた後ろ髪が揺れる度に、なんとなく笑ってしまう。


 ザ・それなりの宿、という宿へ。時間が遅かったのもあり、その日はこれで終わりとなった。


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 白都はその日、人に溢れ賑わっていた。というのも本日世界は『王女生誕祭』という祝日であり、街の中央部では祭り化粧がされ、ここぞとばかりに商人達が声を上げて屋台を営業、我こそは、と世界中から踊り手歌い手が集まるという、片田舎から飛んでくる人もいる大きな祭りの日だからである。

 馬車も風使いによる転送も人気で、取れなかった者は歩くしかない。彼らは運悪くそうなってしまったが、それでも宿が取れただけ幸運だろう。


 身なりの良い少年少女が駆けて行き、紳士淑女も百を優に超える。彼らは側からはカップルに見られているのだろうか?

「…ないな」

「うん?どうしたの?」

「いや、なんでもない。少し早いがステージにもう行くか?」

「うんっ!前の方で見られるといいなぁ」


 宿を出て少し歩くとすぐに人混みが姿を見せる。

「…うわ」

「人、多いね…」

「…ユウ」

「うん?」

「そこらへんの屋根伝っていけば?」

「あー…でも、澪はどうするの?」

「まぁ俺は普通に行くけど」

「うーん…いや、いいよ。あんまり目立つことしたくないし、人混みもお祭りのアトラクションの1つだよ」

「そっすか。…道はこのまま真っ直ぐで良いんだよな?」

「うんっ」

 ならせめて盾になろう、と人混みの前で彼女の前に出る。2人は息苦しくも人混みを潜り、数分で街の中央、ミクナの集会所とは段違いに大きな広場に辿り着いた。


 噴水を中央に据え、ベンチがいくつか。十字路の中央のそれは城下町南区画の中央地点。噴水から南西には大規模な雑貨店。南東には大衆食堂。北西には富裕層御用達の宿があり、北東に、彼らのお目当、赤と白で彩られた大きなステージ。


 既に人はちらほらといたが、それでもかなり前の方だ。騎士が数人ステージ前に立っており、先日の子供のようなことが起こらないようにしている。まぁあれも守衛がいたが。


 ステージの下、地の神秘で作られた柵の手前、真ん中より少し右にずれた場所に陣取った。


 一時間ほど雑談で潰し、人が集まり始めた頃。予定時刻よりもすこし早めにステージは始まった。


 …数日前に聞いたばかりの同じ曲。だがそれでも、もう一度聞きたくなったのだから仕方ない。


「―――?」

 不意に、空を見上げた。…雲の割れ目から何か『黒』がその顔を覗かせる。

 …遠すぎてよくわからないな。


「ほぉ〜!やっとるやっとる!」

 歌の最中、ステージ前の観客達とは別の集団が、城方面から姿を現した。

 赤白の鎧はこの街の騎士の証。先頭を歩くのは顎に尖った黒髭を携えた老夫。

 歌は尚も続く。無駄に大きな声がしかし、それを邪魔する。


「兵長…もう少し声量を…」


「うぅん?すまんな、最近耳が遠くてなぁ…」


 騎士団は規律遵守の奴ら。しかし狡猾な奴というのはどこにでもいる。騎士団は性格的に大きく二分される。機械のような人間と、自分以外を機械と思う人間


「ですから…!」


「おい…やめとけって」


 何やら揉めているらしい、と少しずつ観客が後ろを振り返る。


「んん?なぜこっちを振り向くんだ彼らは。続けたまえ続けたまえ」


 歌は尚も続く。チラリと彼女の方を見ると、どうにも聞こえていないらしい。それだけ集中できているということなのか、それともその程度では心乱されないのか、或いは…。


 徐々に観客も元通りステージに視線を戻す。歌も終盤、会場は熱を取り戻す。熱い曲というわけではない、空と海とを謳った曲。どんよりというよりもしんみり。しんみりというよりもひんやり。ひんやりというよりも涼しい。そんな曲。


「ほぉ〜!なぁるほど良い曲じゃないか!」


 頼むから黙っててくれ。そう何人が願っているのやら。


 離れから聞こえてきたその声。しかしその声は徐々に近づいてくる。

「いーい声だ。これは姫が気にいるのも頷けよう。だが、少し長い。私は忙しい。まだ仕事が残っているのでな」


 観客を手甲をはめた手で退かしていく老人。

 逆らうとどうなるか?別に強い権力を彼らは持ってるわけではない。ただ、人というのは案外そういうもので。

 強く来られると弱くなるのが大多数の有様なのだろう。少なくともこの場では。


 彼の肩に金属の手が触れる。

 しかし彼は動かなかった。

 目を閉じ、ただ歌に耳を傾けている。


「ッー!」

 触れる腕の関節部分を肘で殴る。怯んだ隙に納刀したままの刀を男の首筋に当てる。


 …やられた。この男、神秘使いらしい。…掴まれた手が徐々に熱を帯びてきていた。火傷寸前で思わず反撃してしまった。


 歌は止まない。ステージの上の女性は目を閉じている。小さな物音で気付かなかったのか、それとも歌い切るという意地なのか。


「澪?」


「大丈夫だ。軽く火傷しただけ」


「っ…きさま…っ!王族の命令を邪魔することがどういうことか…!」


 喉元に当たった刀が見えないらしい。喋り続けようとする男にそれを強く突きつけると、睨みつけながらもようやく黙ってくれた。


 歌はついに終わってしまった。女性は一度深く頭を下げると、そのままステージ横から楽屋へ…行く前に。

 チョンチョン、と肩に触れた人差し指。その先を追うと先程まで歌っていた女性…佳苗先生。目が合うと手を差し伸べられて、流れるように気がつくと握手をしていた。


 すぐに手は離れ、軽く手を振って今度こそ楽屋へと戻っていく。


「っ…おい、貴様ら!さっさと呼んでこんか!」


「は、はいっ!」


 二人の騎士が彼女を追う。


「侍。王命の妨害は重罪だ。城まで同行願おうか」


「……」


「…澪……」


「良いのか?もっと急いでやるべきことがあるんじゃないか?」


「何を言っている。…逃げられるとは思うなよ。騎士たちは街中至る所に配置されている」


 ジッと老夫を睨みながら、彼は右腕を真上に伸ばす。人差し指を空に向け、言葉は使わず何かを警告した。


「…」

 老夫はしかしジッと動かない。目を上に向けた瞬間に不意打ちがくると、そう読んでのことだ。

 …しかし、何かの羽ばたきが耳に届き、ついに男は上を見る。

 ―――男の視界は黒に覆われた。


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