第14話

 季節は春と夏の境。照り付ける日差しに溜息を漏らす彼とは対照的に、前を行く少女は瞳の中に眩い星を宿していた。


「ね、ね、寄りたいところがあるんだけど、いいよね?いいよね!?」

 妙にテンションの高い夕空が、汗を拭く彼の顔を覗き込み尋ねる。

「別に大丈夫だが…どうした?」


「実は!佳苗先生が近くに来てるんだって!会いに行ってみない?」


「…あの歌い手の?」


「そう!」


「…行くか」


「やたっ!じゃあいこっ!」


 頷くや否や走り出した彼女。キラキラ光る瞳からして、余程好きなのだろう。


 やれやれと思いながらも、遅れないように彼も走った。


「〜♪」


 何かしらの催事や、旅人の休憩所などに使われる、街と街とを繋ぐ中間キャンプ…とでも言うべき、いくつものテントが建てられただけの、村未満の小さな拠点。そこに不相応にある広場の壇上。その中央で歌う女性。下には60人程いる聞き手達。少し出遅れたため近くには行けなかったが、その人を視界に捉えるや否や、彼女は感動に満ちた顔になった。


 …彼もこの女性のことは知っていた。有名な歌い手で、彼も彼女の曲で好きなものがいくつかあった。


「~♪」


 目を閉じて聞き入る。


『……』


 心の中だけで口ずさむ。こういう場面で、彼は無になる。間違っても一緒に口ずさんだりとか、手拍子をしたりだなんてことはありえない。


 曲が終わると拍手喝采。それには彼もささやかながらに混じる。夕空は混じるどころではなく、一番大きいレベルで拍手していたが。


 手を振りながら壇上の裏から消えて行く彼女。楽屋のテントの入り口を衛士が1人守っている。


「すごいよかったね!キラキラしてた!」


「ああ。…いい歌だった」


 批評家でもない彼らの語彙力のない穏やかな会話。周りでも似たような会話が繰り広げられており、少しずつ人がその場を後にする。


「ねぇねぇどいて!会わせて!」


 どこかから聞こえて来た子供の声。まだ残っていた数人が振り向き、その正体を見る。

 子供が2人、楽屋前の衛士にそう訴えていた。

 衛士は優しく諭しているが、子供達は聞き分けない。

「…ちょっと行ってくるね」

「……ああ」


 場慣れしているのだろうか。夕空が諭すと、子供2人は素直に引き下がった。


「おつかれさん」

「うん?うんっ。私達も行こっか」


 踵を返し、2人並んで王都への街路に着く。


「…!そうだ!」


「どした」


「明後日、王都でも歌唱会やるらしいから見に行かない?」


「…そんなに好きなのか」


「うんっ!」


 感動冷めやらぬ様子で力強く頷く夕空。

 …そんな顔をされては、彼が断れるわけがない。

 ジッとキラキラした目で見上げる少女の圧に押し負け…額に手をやり溜息の後、しょうがない、というように頷いた。


「けど…祭りの時期と重なるからって、王都への馬車、捕まえられなかっただろ。歩き通しになるぞ」


「大丈夫!それに、間に合えばお祭りも楽しめるようになるし!」


 そも、元々王都には向かうつもりだった。情報を集め、大陸巡りの順番を決めつつ、騎士の元で修行を受ける。もしかしたら、奪神秘の奴らの情報もあるかもしれない。

 偶然にも王国生誕祭と時期が重なり、ギリギリになってしまったため馬車を得られなかった彼らは、三日あるうちの最終日に王都へ着く予定だった。それを2日、早める。…不可能ではないが、道中での訓練と路銀稼ぎを兼ねた怪異討伐、そして、このキャンプでの一泊を犠牲にすることになる。


「…解った。なら、急ぐぞ」


「りょーかいっ!」


 とは言いつつも歩き始めた彼を置き去りにするように勝手に走り始めた彼女。再度深い溜息をついた彼は…地面を力強く蹴飛ばし、彼女の背中を追った。

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