第13−1話
「も、目的??わ、我は…不死身になり、たくて…それで…怪異から能力を奪えるようにしたくて…できたのが、あの剣で…」
ガクガクブルブルと震えた様子で語るのは、焼けた肌と僅かな白髪の、老夫…の形を取った、怪異。明らかに違和感のある鼻の尖り具合と、不気味な両手の形で、人間でないことは明らかだ。
…彼女が今居るのは、先の戦いで衛士達を襲った集団の本拠地…遥か西の、ずっと辺境にある山の一角にある洞窟の中だった。
元は炭鉱だったらしいそこちは、放置された木箱やらツルハシやら…その中に、机や本や魔法陣やらまであるという、異質…というよりも”汚い”空間だった。
老父が怯えているのには訳がある。
それも、かなり単純な。
その炭鉱…彼女の周りには、先刻までイキっていた神秘泥棒達による血溜まり、肉溜まりができあがっているからだ。
“汚い”空間はもはや”最悪”な世界と化し…しかし彼女は、眉の一つすらも動じさせない。
「ふーん…で?じゃあなんで、不死身の怪異を襲って、剣で力を奪わないのさ」
「そ、それ、は……ソイツ…つよくて……とても、普通じゃ勝てない」
怯えた様子で辺りへオロオロと視線を泳がせながらそう答える怪異。ゴミを見るような目で、彼女は怪異を見下ろしながら再度尋ねる。
「…そいつの居場所は?見た目の特徴とか、知ってること全部話して」
高圧的に睨みつけられ、老父は情報を早口に、しかし口淀みながら話し始めた。
…不死身、という絶対的な力が手に入ってしまえば、最早彼女の道程は、確実なものになる。彼女の今までの人生の中で、勝てなかったのは”2人”。それら以外には須らく勝利を収めており、件の2人についても、余裕を持って逃げられる程度には引き際を誤ることなく逃げ切れた。
だが…その2人にさえも勝ててしまえば…いよいよ、いよいよ。彼女の”理想”は完成する。
「…お、おまえたちニンゲンが”スイゲツサイハ”と呼ぶモノだ」
だから…その”2人”の内の一人の名前が挙げられた瞬間、彼女は瞬間的に、老父の顔面を右ストレートで”潰し”、ゆっくりと…深く…溜息を吐いた。
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彼女が”この生き方”を実行するのにおいて決めている事の内の1つに、『初めての時間巻き戻し時には、”時計の針”に巻き戻すことを伝える』というのがある。それ以後には100回巻き戻す毎に、巻き戻すことを伝え、反応を見る。彼の場合は2度目だが、初回はまぁ、事故だろう。
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「――真面目な話があるの」
と言い出せば、何時如何なる時であろうと、彼は呼び出しに応じる。
真夜中、町の中央の広場には、騒ぎがあった所為もあってか、誰もいなかった。彼女の気配探知には、彼以外の人物は周囲に存在しない。
「…もし君が、時間を巻き戻す怪異と出会ったら…どうする?」
「…?どうする、って言われても…巻き戻される前に殺す、ぐらいじゃないか?」
「…うん、そうだね。それ以外に、私に勝つ手段は無い」
ポツリ、反射的に出てしまった言葉。そもそも、この時点で、彼女は巻き戻すことを確定させている。
…彼女はこれまでも、”時計の針”と出会い、時間を共にしてきた。
しかし…相手の戦力も何もハッキリしないまま、放置する…なんてことは、彼女の不安症が許さない。彼女はこれまでも、”時計の針”の最終着地点に存在する敵対存在を一度単独で潰し、目的や手段など、何もかもをハッキリさせておきながら、時間を巻き戻し、”時計の針”に整えたレールの上を歩かせていた。
…と言っても、彼女が整えるレールは、ハッピーエンドが確定したレール、ではない。”彼女が好きな人間が生存する”レールだ。
これ以降、例えば彼が何か致命的なミスをして死のうが、彼女はそれを助けはしない。何故なら、その場合は…”そういう物語だった”というだけなのだから。
“時計の針”は、文字通りこの世界の、大きな転換点になり得る存在だ。
その時計の針が行く先を操ることは…彼女の理想とかけ離れない限りはしない。
まるで物語を読む読者…或いは、理想通りに歩ませようとする編集者のように、彼女は”時計の針”に対して振る舞う。
「…もし私が、自分に都合の悪いことを、時間を巻き戻してなかったことにする、ことを常習的に行なっていたら、君はどう思う?」
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…いつもとはまるで違う雰囲気。わざとだろう、所々に血が付いたままの装束が、その言葉を真実だと告げている。
「…俺と出会ってから、何回巻き戻したんだ」
「まだ1回だね。君と出会った時。あの衛士を君が殺しちゃってたから、巻き戻した」
…最も、君が物語を一周し終えたら、何度も巻き戻すことになるんだけど。
「ふぅん?…んで、今までのは全部演技だった、って?」
「…さぁ?でも、全部あの時、感じたことだよ。私はワタシ。全部わたし。世界が好きで、人が好きで、”君”が好きな、夕空逢だよ」
両腕を広げ、わざとらしくニコリと笑う少女。
二重人格を疑ったが、厳密には違うようだ。
「…で。今それを話すってことは、時間を巻き戻す気って訳だ」
「そだね。まぁ、理由とかなんだとかは、いいや。めんどくさいし。…で、肯定するの?否定するの?」
「………」
悩むまでもない。答えなんて、一つに決まってる。
あの日…彼女という人間を識った日。『もしこいつが嘘なら、もう俺は死ぬしかない』なんて思ったことを覚えている。
どうだ?死ぬか?
問うて、首を振る。
夕空逢は、俺が思っていたような奴じゃなかった。いや、寧ろ真反対だった。
「世界中の理不尽、事故を、時間を巻き戻して無かったことにしてあげる」
胸に手を当て自身に問う。目を閉じ、暗闇の中で考える。
これまで、自分の人生は…本当に、クソだったのだ。
もしこれまでの歴史を否定して、報われない努力で時間を浪費するのをやめていたら、と、何度思ったことか。
あの日だって、そうだった。
ふざけるな。結局、結局こうなるのか。今までの何年間も、ずっと遊んでいた方がずっと、楽しく生きて楽しく死ねていたんじゃないか。そんな怒りとも悲しみとも言い表せない思いを焼べて、村を飛び出したんだった。
「私が君の…いいや、世界の神様になってあげる」
彼女は…夕空逢は…俺の理想と違った?
…どこが?
彼女は…ヒーローなんて、中途半端で信じられない存在じゃなかったのだ。
彼女は…神様。実在しない、空想上の神様じゃない。
俺を幸せにしてくれる、カミサマ…。
なら……。
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