第13話

 月日はあっという間に経ち、彼の契約が切れる前日。夕空とはその後も数回怪異討伐に赴いたが、その話はまた別で。


 いつものように試合。今日までの戦績は勝率にして7割といったところ。まぁ、こんなものだろう。最初の方こそ殆ど秒殺だったが、命のやり取りにもなれた衛士達は、徐々に彼を追いつめて行った。

 無論、彼も与えるだけではない。彼らとの経験を通じ、“大剣”というものがどんなものなのか。そして地神秘というものを理解し…自らの糧とした。


「ぜぇっ…はぁ…」


「ッーー!」


 強大な力による大剣の振り下ろし。今までなら横に回避するか、逸らすことを狙うか、懐に入り込むか、だったが…。


 修練場の床が僅かに凹むほど足に力を込め、人間の望める最高の高さまで高く跳び込んで、落ちてくる剣を横から叩き切り撃ち落とし、勢いそのままに一回転。バランスを崩し床に落ちた相手へ、連続で大剣を振り下ろした。


 首を跳ね飛ばすつもりの一撃。しかし、相手も既に実戦は慣れた身。第一神秘による鎧を首へと一点集中し、その一撃を防いだ。衝撃は殺し切れず、地面を転がるハメにはなったが。


「――そこまでっ!」


 秋堅のストップで息をつく。…例え相手が神秘の使い手だとしても、上手く当てられさえすれば、大剣ならば相手の武器を問答無用で破壊できることが解った。剣さえどうにかしてしまえば、後はこちらの物だろう。

 持ち得る能力が少ない以上、ある物でなんとかするしかない。


「「――ありがとうございました」」


 互いに礼をし、秋堅の元へ。他の衛士達も同様にし、いつものように集合。終了の合図を待つ。

 好敵手として仕事を始めてから…5人の神秘使いが“死んだ”。そのどれもが、夜道、街の外、人気のない路地裏での暗殺だった。街の外なら怪異ではないかとも思ったが、隠された死体には、大剣による大きな傷跡があった。


 この町にいる残りの地神秘使いは約60人。まだ神秘に目覚める前の大剣使いが30人。大陸全体では、正確な数は解らないが、10倍近くの数がいるはずだ。


「――今日は言っていた通り、北本と夕空の送別会を行う予定だ。いつもの酒場を貸し切りにしといたから、7時頃には集合してくれ」


「おおっ!」「酒酒!暫く呑めてなかったから飲むぞぉ!」「寂しくなるなぁ」「な。まだ一回しか勝ててねぇのに」「一回勝ってんじゃねぇか」「契約更新してくれりゃいいのに」


 思い思いに話し始める衛士達。最初こそ疑われることもあったが、これだけ長い期間剣を交えれば、なんとなく相手のことも解る…のかもしれない。(実際には夕空の懐きようによる影響かもしれないが)


「まぁ俺も、色々な所に行ってみたいってのもあるし。………あいつの気が変わるまでは、傍にいてもらうさ」


「おーおーそうしろそうしろ。…しっかし、あんなに大陸巡りを嫌がってたのに、夕空もよく行く気になったよな」「そういえばそうだ」「なにきっかけなんだ?」


「きっかけ……うーん…。やりたかったことを思い出せたから、かなぁ。…それに、北本さん、危なっかしくて放っとけないし」


 にへら、と照れ臭そうに笑う少女の笑顔が直視できずに、顔が赤くなる前に彼は目を逸らし、自然体を装ってその場を後にした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どんちゃん騒ぎの宴会は、それはそれは大仰に行われた。犠牲者が未だ出続けていることも分かっている。しかし、戦いに身を置く者達だ。休める時に休まなくては、真に必要な時に力を出せない。


 仲の良い地神秘使いもそれなりに出来て、楽しく酒を飲み交わし、別れを惜しみつつも未来に想いを馳せるような会話を未熟者同士、大いに語り合った。



「あー…みんな、大丈夫か?」


「うぃ〜」「ぁんぬぅー?」「へいきでーすっ」「あっははははは!!」


 酒場を貸し切っての宴会が開始されてから3時間ほど経過していた。

 かなり酒が回り倒れ込んでいるのが半数、まだまだ余裕、と言った様子が1/4。若干やばい、が1/4。


「秋堅」


 彼はというと、酒はそれなりに飲んでおり、先程まで眠そうに頭を揺らしていたのだが…急にいつもの調子を取り戻し、据わった目で秋堅を呼んだ。


「…気付いたか」


 そも、可笑しいと…普通は思う。夜道で殺される事件が多発してる中、宴会だ、などと。客の立場である彼と夕空には教えられなかったが…反対意見が出なかった時点で、疑うべきだったのかもしれない。


 二階建ての酒場は100人以上が窮屈せずに飲める程度には広い。地神秘によって作られたその建物は、既に秋堅が”支配”している。具体的に言うと、彼の意思で好きに変形できるように力を巡らされている。なぜそんなことをする必要があるかと言うと…。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「―――上だ!」


 鉄製の天井すらも貫いて見えたのは、幅の広い剣先。しかしそれは彼らの予想に反し…鋭い岩石の剣であった。


「なっーー神秘使いだと!?」


 一箇所穴が開けられたのにすぐ続き、岩石の剣が複数本天井から顔を覗かせ…秋型から支配権を奪うと、まるで、ひと回り小さな蓋が鍋の底に落ちる様に…天井が彼らの元に落ちてきた。


「「ッーー!」」


 地面に大剣を突き刺し、咄嗟に床を隆起させる衛士2人。秋堅は第7神秘…土人形生成を発動し、眠っている役立たずを1箇所に纏め始める。


 遅れて更に4人の神秘使いが床に剣を刺し、地面を隆起させる。2つの力が接触し、最初は天井上からの勢いが優っていたが、6人での協力神秘によって、それは拮抗状態になった。


「づぅっ……キツい…!」「だが…こちらにはまだ余力があるっ!」「団長!どうします!?」


「手筈通りだ!だが!何人いるか分からない!第2を使える奴は支えつつ他の奴を守れ!」


 酒場の床が溶け落ち、泥酔状態の者達を地面の下に隠す。完全に目を覚ました夕空は第二神秘によって天井を支えている。


 地面を隆起させられてしまえば寝落ちしている衛士たちは終わりではないか、と思うかもしれないが、地面の中を更に移動させ、既に酒場の敷地内からは消えている、


「澪!」


「解ってる!」


 酒場の扉を蹴破ると、秋堅の第七神秘、土人形が外へ出る。と、同時に人形の胴体に、使い手の見えない大剣が突き刺さりそして秋堅と同じ様に土人形が出現した。


「…待ち伏せされてるか」


 秋堅の土人形に比べのんびりとした動きのソレを両断し、秋堅を振り返る。無言で指差された先に向かうと、僅かだが扉状の薄っすらとした線が壁に描かれていた。


「ッーー!」


 先程と同じように蹴り飛ばし、同時に外へ飛び出す。すぐ近くにいたらしい大剣使いが振り返るが、不意の一撃で敵の胴体には既に刀が突き刺さっている。


「なっ…!」


 刀を引き抜き、崩れ落ちる男を放置し再度駆け出す。異常を聞きつけたらしい大剣使いと曲がり角でぶつかりそうになるも寸での所で横に避けつつ、通り抜け樣に後ろから逆手で刀を突き立てた。


 建物をぐるりと一周する間に同様に追加で3人に刃を突き立て、酒場の壁を窓枠や軒先を酷使して登り屋根へと向かう。


 落ちた屋根があった箇所。壁の頂上にようやく辿り付こうと手を掛けたその時…ふわりと、まるで空を飛ぶかのように…いいや、事実、”空を飛ぶ男”と目が合った。

 屋根を落とさんとしていたうちの1人だろうか。左手に短剣を持ち、右手には大剣を持っている、なんとも不恰好なローブの男だった。


 土の塊が出現し、澪の元へ迫る。咄嗟に落ちて避けるが、追撃は続く。と、酒場の中から大きな物音が響く。どうやら天井を元の位置まで押し返したらしい。降り注ぐ砂の雨。破壊力は減るが、散弾のようなそれはとてつもない射程範囲である。

 既に避難を完了させたらしい。戦闘可能な衛士たちがぞろぞろと外に出てくると、 全員がその、あり得ない光景を目視する。


「…2つ、神秘…だとぉ!?!?」


 驚いている間にも攻撃は降り注ぐ。当たりどころが悪ければ血を見るだろう。

 1人の衛士が前に出ると、彼ら全員を覆うほどの傘のように土を変形させ雨を防ぐ。




 傘が解かれ、それぞれの陣営が対峙する。先程までは1人だった空飛ぶ大剣使いだが、今は合計5人となっていた。


「…お前達!何の目的で衛士を襲う!?それは…不可思議なのか!?」


「「「「………」」」」


 秋堅の問いにも無言のまま、衛士達を見下ろすロープの男達。しかしその内の1人が、遠目からでは分かりにくいが、肩を揺らして笑いを堪えていた。


「…いやぁ?残念だがこいつぁ、神秘だ」


 その言葉に思わず、という様子で笑うのが2人。性質の悪そうな口の歪み方が、どんな人間かを全て物語っていた。


 不可思議とは、怪異が残した遺留物だ。有名なものだと

 ・回復力を爆発的に上げる薬草・記憶を映像として写す鏡・遠くの相手とも話せる耳当て

 などがある。原理も何も不明な点は神秘と似ている。

 神秘とは、剣を極めた者が得られる奇跡。そして、原則として1人につき4属性の内の1つの神秘しか宿らない。


「まぁ、今回は引かせてもらおう。…ただ、そこの」


 指差した先にいたのは、その集団の中で唯一の非神秘。つまり、北本澪その人以外に無い。


「…察してるとは思うが、お前は同族だ。仲間になるっつうなら連れてってやるが?」


 その場にいる衛士の視線が彼に集まる。無論敵を警戒したまま動かない者もいるが。


 2つの神秘を持つ集団。彼らを狙う理由。特異な見た目の剣。襲われた神秘使いの数。…同族。…確定はできないが、つまり…。


「…北本さん……?」


「……お前達は、神秘を奪う手段を持っているのか…?」


 恐る恐るその可能性を口にする。大凡察してはいたのか、その疑問に大袈裟に驚く者はいない。


 追撃を仕掛け、この場で倒す…というように考えていた衛士達だが、風の神秘を持っている相手に、岩石射出が当たるはずもない。この場で今すぐ逃げられたとしても、飛んでいる相手を止める手段を衛士達は持っていない。





「さてなぁ?んで、どうするんだ?」


 もしその手段があるなら、手を伸ばさずにはいられないというのは当然のことで……彼らは寧ろ彼にとっては衛士達よりも”同士”だ。ならば、ここで勧誘に乗らない理由なんて…無い。

 あれだけ欲した神秘。どの武器も使える彼がその手段を手にし、4つの神秘を使えるようになったなら。













「……俺は、剣士だ。この1ヶ月、正々堂々戦ってきた」


「…」


「神秘が使えたならって、何度も思ったし、例えそれが誰かから奪った物だって、そんなこと構いやしない」


 胸に手を当て、自分に問いかける。それは本当の気持ちか。それで本当に良いのか。


「あんたらのその力は欲しい。だが…あんたらみたいに不意打ちで人を殺すような奴の、仲間になる気は無い」


 返答を聞くや否や一際強い風が吹き、彼が倒した血濡れの男達の体と、いばらのような模様が剣腹に描かれた大剣達が浮かび上がる。


「ッー!」


 その内の1人と一本を、秋堅だろうか、土に飲み込ませるように固定させ、連れ帰らせることを阻止する。建物の角にありここからでは見えない奴らまで捕まえることできなかったが。


「…まぁ、いいだろう。…近いうちにまた会う機会もある。こちらの勢力が多数派になった時、お前がどうなっているのか楽しみにさせてもらおう」


 神秘の鎧で傷を塞ぎ、倒れた男達ごとロープの男達は高く飛び上がり、あっという間に見えなくなってしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…北本さん」


「うん?」


「その……よかったの?」


 衛士達が片付けを始める。地面の下に避難した衛士達も救助され、野次馬が辺りに湧き始めた頃、手持ち無沙汰の2人は夜空を見上げていた。


「…解らん。だが…直接剣を交わさずに殺そうとするような奴らを、5秒で信用できるか」


 神妙な面持ちで、微妙な意見で返事を濁した彼だったが、ひとまず安心したらしい。笑ったかと思うと、闘志を燃やして拳に空を切らせた。


「…うんっ!そうだよね!……全く、許せない!不意打ちでみんなを襲うような人達に、剣を預けるなんてできないよねっ!」


「ああ」


 …神秘を奪うその力、欲しくない筈がない。例えそれが、他者の命を生贄にする物だとしても。


 拳の感触を確かめる。…胸の中には、しかし…あの時ほどの空白感は無い。

 隣の少女を横目で見る。神秘を纏い赤髪になった少女。自分がすべきことを認識し、凛とした横顔で、敵の去って行った空の先を見つめる彼女は…夜空に輝く星よりも眩く彼の眼に映っている。


「……解っているとは思うが、あいつらの出方次第によっては、俺の立場は…神秘使いにとって…いや、お前にとって、毒になる」


 視線に気づき、少女が振り向き、お互いが真っ直ぐに瞳を見つめ合う。

 夜の街に2人だけがいるかのような静けさに包まれ、期待した返事が来ることを信じつつも、煩い胸を抑えて彼は言葉を続ける。


「…それでも、一緒に来てくれるか?」


「―――」


 自分の物か、彼女の物か…喉の飲み込む音が聞こえる。

 実際には数秒だった筈だが、それでも彼はその時間を数十秒はあったように思う。


「……いっこ」


「え?」


「…1つだけ、お願いを聞いてくれたら…返事はうんになるんだけど」


「……なんだよ」


 思っていたのと違い、思わずおっかなく思いながらも、続きを早くしろと急かす。

 長い沈黙の中、一瞬瞳の色が決意のソレになったのにすぐ、何か企むような眼になったのを、彼は見逃していた。


「『夕』って呼んで欲しい、かな……?」


「……」


 凍りつく時間。『あの剣を使わないで』とかが来ると思っていただけに、不意に来たそれの意味に思わず固まった。

 …まぁ確かに、『夕空』は若干言いにくい気もする。

 精一杯の意地悪がソレか…というなんとも言えない気持ちに耽りながら『やられたらやり返す』のが彼の答えだ。


「…『北本さん』も中々咄嗟に言い難い気がするんだよな」


「えっ!?う、うん…そうだね?」


「………」


「…え?」


「……………」


「…………『澪』?」


「ああ」


「…なんだか、ちょっと照れちゃうね、改めて言うと」


「『夕』」


「――」


 息を呑む音。今度は間違いなく彼女の物だ。


 比較的余裕そうに振る舞う彼と、視線を逸らし、真っ赤になった頬を掻く彼女。遠目からその様を見ていた衛士達は、やれやれと首を振りながらも、その光景に安心の溜息を吐くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る