第12話

 次の日。タスキの屋敷に泊まった二人は既に着替えを済ませ、昨日と同じ位置に座る彼に習い、同じ位置に腰を下ろした。


「昨日、剣が通らないと言ってたなも?」


「はい…ですが、倒し方は解りました。うまくやれば、今日中に残りの四体も倒せると思います!」


「それは頼もしいなも。でも、万が一もあるなも。…昨日言ってたものができあがったも。材料の関係で、ひとつだけなも」


 テーブルの上にタフキが一本の剣を置いた。


 鞘に入ったそれは、長さ的にもダガーに近いが…形状が先のブーメランに酷似している。刀身よりも幅に余裕のある革製の鞘は、回転させるように抜刀すればなんとか取り出せるように工夫されているようだ。


「これは…」


「ゴーレムの岩から作ったブーメランなも!切れ味抜群なも!ダガーとしても頑張れば使えるなも!この村自慢の鍛冶屋が一晩でやってくれたなも!」


 ふんすっ、という我が子の自慢をする父のような表情の老狸。その様に思わずにやけそうになってしまうのを抑え、一瞬待ってから少女は花のような笑顔を見せる。


「おお!よかったね北本さん!これならきっとスパンといけちゃうよ!」


 新しい獲物は黒曜のガラスのように綺麗な曲線美で魅せる。吸い込まれそうになる


「…貰っちゃって良いんですか?鍛冶も苦労したでしょう…」


「大丈夫なも!鍛冶屋も喜んでたなも!新技術開拓なも!」


 それから言い辛そうに、あ…と何か思い出したらしい、タスキが言い辛そうにしつつも言葉を続ける。


「…実はお願いがあるなも。…珍しいからって鍛冶屋がゴーレムの素材を欲しがってるなも…。ゴーレム二体でブーメラン二つ、ゴーレム二体で衛士さん用の大剣が造れるらしいなも。だから、鍛冶代代わりに一体分譲って欲しいらしいなも…」


 2人は顔を見合わせる。特に悩む間もなく頷いた。


「いいですよ。持って帰れもしませんし…。寧ろ、鍛冶代代わりにしてくれるなら、助かります」


「ほんとなも!?助かるなも!」


 晴れやかに笑う年老いた狸の笑顔に、2人はそれぞれ笑顔を返した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の戦闘は前日が嘘かのように楽だった。

 というのも、例えば衛士の第二神秘、岩の剣を飛ばす、を不意打ちで行えば、大抵の怪異は一発KOだ。神秘の気配を感じて避ける個体や、一体ではない場合や、今回のような体が硬い場合には例外だが…。

 森の中は木々が立ち込めており、その中で、ゆっくりながら歩行するゴーレムの特定の一部を狙うなんて正直不可能だ。…風の神秘持ちか、彼以外には。

 悲しいことに、彼のコントロールは抜群だった。

 持ち手の部分ではなく刃の部分を足の付け根にのみ当てる。その鋼鉄のブーメランの切れ味は抜群で、一発で片足を切り落としつつ、手元に戻ってくる。障害物に当たったのだから威力はかなり落ち、帰っては来れないはずなのだが…抜群の切れ味に加えて全力投擲だからだろうか。ふわりと、羽が落ちてくるかのような勢いにはなってしまうが、なんとか手元に戻ってくる。

「…その投げ方、初めて見た」


「ああ。俺も初めてやった」


 アンダースローという投げ方は彼の住む世界に存在しない。今この森で、初めて生まれた物かもしれない。下から投げ、足を切り落とし、上でキャッチする。(因みに、アンダースローでブーメランを投げる場合もあるらしい。)


 片足を落としてしまえば、もう後始末のようなものだ。


 結局ブーメランダガーの活躍によって、日が沈み切る前には全てのゴーレムを倒し切っていた。やたら広く霧の立ち込めた森でなければ、昼前には終わっていただろう。


「おつかれさま。これで全部だよね?」


「ああ。そのはず」


 息一つ切らさずに戦闘終了できる日がくるとは、彼も夢に思わなかっただろう。


「なんだか…申し訳ないな。北本さんに任せっきりになっちゃった」


「二人で組んでたら、そういう日だってあるだろ。逆の場合だって」


 何気なく言った言葉だったが、彼女には何処か引っかかったらしい。帰路についていた歩みが一瞬止まる。


「…北本さんは、衛士協会での契約が終わったらどうするの?」


「?…そうだな…とりあえず、中央に行くだろうな。非神秘だって馬鹿にされようと、この剣が届く先まで、行ってみたいんだと思う。後は縁と気分次第で、北に行くか、西か東か。」


「そう…。…2人組の相手に当てはあるの?」


 怪異討伐を担う神秘使いは、基本的にツーマンセルだ。何故って対応力が倍以上になるからだ。地と火の専守専攻コンビ。風と水の連携しやすいコンビ。風と火、地と水のコンビは神秘を合わせやすい。火と水、風と地はお互いの個性を殺し合う相性的に最悪なコンビだ。それ以外にも、同じ属性同士でのコンビというのも悪くはない。


「…残念ながら当てはないな。学生時代の奴らとはもう連絡つかないし」


「そっ、か…」


 何を言わんとしているのか、何となく察した気がする彼は、微妙な面持ちで逆に尋ね返す。


「夕空は…当てはあるんだろ?今は俺に付き合ってもらってるけど。いつもは怪異討伐はどうしてるんだ?」


「えっと…普段はあんまり怪異討伐はやらないんだ。いつも街での依頼。神秘使いの手を借りたいって人の。偶に行くときは団長と行ってるよ」


「へぇ…秋堅なら安心だろうな。というか、秋堅なら1人でも問題なさそうだけど…」


「そうだね。大体団長は後ろで見てるかな。殆ど私の特訓って感じ」


 …もしかして、あんまり友達いないのか?なんて考えが一瞬浮かんだが、違う。

 彼女のスタイルはハッキリ言って異質だ。昨日の敵で例えれば、普通の地の神秘使いなら、大剣をハンマーのように補強して吹き飛ばすだろう。ただし、彼女の体躯はそんな力押しに向いていない。彼女の第一神秘には多少の身体強化の効果もあるようだが、それでも、本場の衛士の筋力と神秘には及ばないだろう。数値で例えれば2x2が3×1.5に勝てないのと同じ。昨日のゴーレムの場合は臓器も心臓も無いだろうと考えたなら拳を封じ、剣を取るべきだったのだが…彼女はそうしなかった。


 では、彼女には何ができる。


 それは、先日彼が闘った際に味わった、剣を使わない打撃オンリーのインファイトだ。あれは…対人に於いては最も怪我をさせずに無力化できる戦闘方法である。最も、怪我をさせないだけなら不殺宣言で事足りるが。

 彼女の必殺の右ストレートの強みは、その発射速度にある。風の神秘以外の相手には準備を許さずノックアウトができるかもしれない。しかし…怪異に対しての彼女の戦闘スタイルだからこその強み、というのは…今のところ彼には思い浮かばなかった。大抵の怪異が、スピードか攻撃力か耐久力、あるいは生命力に富んでいる。

 護りに特化したはずの地の神秘は、鎧によって鋭利な武器を防ぎつつも通常並みに動けて、長いリーチの武器を隙を気にせず振るう事が出来る、という、何にでも対処の効く弱点の少ない属性のはずだ。

 しかし彼女の場合は防ぐのではなくその身で避けるために、大きな大剣さ持てない。

 特注の大剣は最早、持ち手が先端に付いた盾、と言った方が正しい。その服は体全体を淡く多い、彼女曰く長時間でなければ火の中でも耐えれる、という…鎧的な物理保護よりも、衣のような多機能保護になっている。


 パートナーとしての評価を一言で表すと…一緒に戦う上で扱い辛い、という結論に彼も思い至ってしまった。


「大陸巡りはやらないのか?」


「どうしようかなって…思ってる。両親は行ってきてもいいって言ってくれてるし、色々な所を見に行きたいとも思うけど…」


 大陸巡りは、神秘使いがその神秘の師に一人前と認められた際に行う一大行事だ。世界中、大陸の東西南北を巡り、各属性の長と剣を交える。秋堅も、彼が来てから何度か挑戦を受けていたはずだ。旅費も多少は師から与えられるが、確実に足りない。具体的には必要分の四分の一程度しかもらえない。後の分は、怪異を討伐することで稼ぐのがセオリーだ。こうすることで、様々な種類の怪異に対して経験を積みつつ、他の神秘の剣にも触れる事が出来るのだから…今後も神秘使いとして生きていくなら欠かせない行事だ。


「…昨日も。…私は、弱いと思った。体格も小さいし、護る神秘の筈なのに、自分の体すら、護れない」


「…」


「だから…この程度でいいかなって、思ってる。日常で使える、便利なもの、ぐらいで…」


 実際、そういう生き方を選ぶ神秘使いは少なくない。折角神秘という力を持ってるんだ。戦う以外でだって使い道はある。

 風神秘は配達、地神秘は道路整備や建築、水神秘は水難防止…火神秘だけは、その限りではないが。


「…」


「…」


 村に辿り着く。


 会話は終わった。歩みは進む。時は止まらない。風が拭き、髪を撫でる。夕焼け空が木の葉を照らし、茜色の世界を二つの影が横切った。


「俺は…」


「…」


「お前がどうするべきなのか、お前自身が教えてくれている気がするけどな」


「…?」


 後ろを歩く彼女に振り返り、彼なりに答えを告げる。が、彼女にはいまいち伝わらなかったらしい。疑問符が浮かんでいた。


「…なんで、剣じゃなくて拳を選んだのか。鎧じゃなくて、衣にしたのか。…『お前が護りたいのは誰なのか。』それが、答えじゃないのか?」


 彼の背に映える夕焼け空が、彼女の記憶を再起させた。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 初めて、怪異が衛士に殺されたのを見た時…かわいそう、と思ってしまった。

 街の外で遊んでいたわたしと何人かの友達が、茂みの中から急に飛び出してきた怪異に襲われた。1人が腕を噛まれ、大声で泣き叫んでいて…子供たちは何もできずに、みんな、その狼のような怪異を怖がり、動けなくて泣いていた。街路を巡回していたらしい衛士の人が悲鳴を聞き、すぐに駆け付けてくれたから大事には至らなかったけど…。

 大剣で体を真っ二つにされた時の怪異の鳴き声を聞いて…思わず、かわいそうだと思ってしまった。

 衛士になんてなる気はなかったけれど…ただの興味本位で、武器屋の一番目立つ位置に投げ出されるように置いてあった大剣に触れた時…右手に手甲が現れた。

 使えるぐらいにはなっておいたほうが良いと親に言われて、衛士協会に。神秘は最初から使えたから不殺宣言をして、初めてやった模擬戦。相手も不殺宣言をしていたけれど…少し、剣を振り下ろされたときは怖かった。でも、不思議と体は考えるよりも先に避けれていて…。大剣を相手に横から振り下ろそうとしたとき…怖くて、力が抜けて、そのまま大剣を落としてしまった。

 人を斬る。命を奪う。…それがどんなに恐ろしいことか、この時初めて想像したと思う。

 だから…大剣を使わなくても、闘える方法を探した。模擬戦中、振りの遅い相手に対して足払いを仕掛ける団長を見て、これだと思った。

 鎧を着たままそんな動きはできないから、服にした。第一神秘だけはすごく得意で、すぐに服として、自分の全身を覆うことができた。

 自分の身が危ないなんて、考えもしなかった。

 …君に出会うまでは。


 全ての人を助けたい。全ての怪異を助けたい。できる限りでいい。後悔だけはしたくない。

 そう思って街を、いつものように駆けていた日に…人を殺そうとする君に出会った。

 結局それは勘違いで、でも…言葉を交わした時の、あの目が忘れられなくて…護りたいと、そう思ってしまった。

 血の跡を追って君を見つけて。自分で自分の首を絞めながら歩く君を見て…意味が解らなくて泣きそうになった。

 自分から海の底に沈んでいくみたいに、どんどん力を強くしようとする君の手を奪った。

 それでもやっぱり首を絞めようとする君を止める方法がわからなくて…じゃあ、首を守ればいいって。…今思えばちょっとおかしいけど、私が首に手を置いて。

 …そしたら君は、私の手に触れて…でも、力を込めないでくれたよね。


 護れた。なんて…思えなかった。


 君のその死にそうな表情が、私の手に触れた時…護らなきゃ、って顔になった。


 私は、君を護ろうとして…君に私を護らせてしまった。


 君は絶望の淵に立ちながら、私を護る為に正気に戻った。


 結果的に言えば私は君を護れたのかもしれないけれど…もし、あの時…君があのまま力を込めていたら……私は私を護れなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 茜色の世界。小さな村。向かい合った二人の剣士は、ただ真っ直ぐにお互いを見つめ合う。

 頬を伝う涙など知らないかのように、彼女はジッと、目の前の青年を見つめ…


「私は、貴方と一緒に行きます。君が私より弱くなるまで、私を護ってもらいます。君が死ぬたびに、私が君を起こします。君が絶望の淵にいる間、私が隣にいます。私が君より強くなったら、今度こそ私が護りますっ」


「…一緒に、行く事を許してくれるなら…貴方の首を絞めた私を許してくれるなら……っ、私に、君を護る事を許してくれるなら………この手を、取って」


 最後には真っ直ぐ、正面の彼を見据えて言い切って、差し出された小さな小さな小指。

 言葉の意味を噛み締めて、少女の真っ直ぐな願いを、どこか不思議な要求を、愛らしく怯えた懺悔を…彼は自身の小指で返し、その言葉を受け入れた。

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