第11話
剣と煉瓦の鈍い衝突音が辺りに木霊する。離れた位置にいる彼の鼓膜にすらかなりのダメージを与える程の爆発音が鳴るが、ゴーレムの繋ぎ目は切れることも、砕けることも無かった。強いて言うなら白い縦の傷がついた程度で…効果は薄そうだ。
ゴーレムが振り返るまでの間に彼女は一度跳び、後方へ。地面に剣を突き刺すと、自分とゴーレムの間に神秘を仕掛ける。
ゴーレムは振り返り、彼女へ向けて一直線に走る。巨体、且つ重いだろうその図体似合わず、意外にも100メートル15秒程度では走れそうだ。
「ッ…」
思ったよりも素早いそのゴーレムに罠が発動する。彼女が先程剣を刺した地面に足を着いた瞬間、小さな落とし穴が出現し、ゴーレムの下半身を落とす。
もうちょっと深くしたかったけど…。
彼女の周りに岩の剣が出現する。それは落とし穴の中のゴーレムに向けて発射されるが…先程と同じく、小さな傷をつけただけだ。とはいえ、落とし穴に落ちてしまえば、このヘンテコな人形には、崖を掴んで登ることなどできはしないだろう。
…と、高を括っていたのだが。ゴーレムは一度深く踏ん張ると、3メートル程飛び上がり、穴から抜けることに成功した。
「えぇ!?」
驚いている間にもゴーレムは彼女に迫りくる。
距離は既に3メートルも無い。
別の神秘を構えるには時間が足りない。
冷や汗が背中を伝う。
迫りくる巨腕が光を覆う。
死ぬにはまだ、早すぎる。
反射的に腕で顔を庇おうとして…眼前に姿を現した、細身の刀に目を奪われた。
腰と右足の繋ぎ目に向けて一閃。…が、そのあまりの固さに、剣は途中まで進んだものの、切り落とすことも無く、刺さったまま詰まってしまう。
「ちぃッ…!」
彼女が斜め後方に下がったことを耳で確認しつつ、自身の元へ引くように刀を滑らせ、なんとか剣を回収する。ゴーレムは一瞬動きを止めていたが…優先順位に於いて彼は彼女に敗北したらしい。ゴーレムの視線が彼を通り過ぎて彼女に向いているのを認識すると、澪は一瞬のみ彼女を振り返った。
「引くぞ!!」
予想に反して彼を無視して彼女の元へと駆け出したゴーレムの渾身の右ストレートが放たれる。速度も申し分ないそれを彼女はなんとか神秘を纏った大剣を盾にして防ぐが…あまりの衝撃で5メートルほど吹き飛ばされ、木に激突した。
「夕!」
「っぅ…」
残身の後、ゴーレムは吹き飛ばされた彼女がまだ生きているのを確認すると、追撃の為に更に走る。
「っ…!」
距離の差を埋める為全速力で走った彼はゴーレムの横を追い抜き、滑るように彼女の前に出る。風を切る音が耳を塞ぎ、窮地が彼の集中を極める。
「――!!」
再び真っ直ぐに放たれた右ストレート。彼女は背後に座り込んでおり、伏せて回避でもしようものなら安全の保障は無い。彼は背中の大剣を抜くと、牙突の構えを取る。
一歩前に行き、拳の縁、横にその先端を合わせる。
人間一人が体育座りした程度にはあるその拳を剣の腹でずらすことは叶わず、逆に彼自身が拳に押され引っ張られてズレるハメになったが…同時に、肩の繋ぎ目に大剣の突きを放つ。
寸でで繋ぎ目を切断された大拳は彼女の頭上スレスレを通り過ぎ、相手の勢いを反作用させるように放たれた大剣の一撃はピッタリとハマり、ゴーレムの右腕を切断した。
が、痛みなどないのだろう。大して怯みもせず続けざまに今度は左フックが放たれる。
「間に合わないっての…!」
大剣を盾代わりに、今度は彼が吹き飛ばされる。
5メートルほど飛んだ辺りでなんとか足を地面に着け、背後にそびえる木に背中をぶつけるのを防いだ。
「ちぃぃッ…!」
急ぎ駆け出すが、既に遅い。彼女は大剣を地面に突き刺したまま、未だ立ち上がれずにいる。
左腕が振りかぶられる。一秒にも満たない溜めの後、致死急の左ストレートが放たれる。
「っぅぅぅううううううううううう!!!!」
全力で走り出していた彼の目の前で、拳が彼女に届く寸前まで…彼女はゴーレムを真っ直ぐに、目線を外さず正面から見据えていた。
『ずぼっ。』
不意に間抜けな効果音がしたかと思うと、ゴーレムは再びバランスを崩す。左足元に唐突に深い落とし穴が開いたらしい。となるとどうなるか。左足が落ち、右足は、ゴーレムの寸胴以上に寸胴な体格では45度までが曲げられる限界だろう。ポッキリと折れていた。
左ストレートも狙いがズレ、腰の入ってないパンチは彼女の鼻先を掠めただけ。
それでも得物が届く位置にいるのだ。ゴーレムは再び左ストレートを試み、腕を後ろに引き、勢いを溜める。
しかしそれが放たれるよりも早く、穴に落ちたゴーレムの頭上から肩の繋ぎ目目掛け、大剣が落とされ、左腕もまた、切断された。
「北本さん……助かったよ」
「…ああ」
危うく死ぬ可能性すらあった戦闘を乗り越えた。二人の顔は安心からか疲弊に染まっていたが、澪が夕空に手を差し伸べると、彼女は少しだけ微笑んで、その手を取った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「…こいつ、どうするか」
やはり頭は重要な箇所だからか、首を切ろうともしたが全く切れる様子が無い。
光る眼は宝石らしく、できれば破壊したくない。まぁ、見えなくさせる必要がある場合は躊躇わないが。
「終わりましたかなも?」
木の上から声を掛けてきたのはタフキだった。
「行動不能にはしたが、硬くて手が出せん。頭は一際固いから完全に機能停止させることもできなくて、どうしようかと思ってる」
「なもし。なら、村に持っていくなも。」
「……大丈夫だとは思うが…どうするつもりだ?」
「なももっ。お任せくださいなも!実は村長に頼まれてるなも!内緒にするように言われてるなも!」
「??まぁ、いっか!でもどうやって持っていこう。結構重いよ?」
「村のみんなを呼ぶなも!」
自信満々、気分上々のタフキのその言葉に、『…その図体でできるの?』とは聞けなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
村の狸たちの協力もあって、なんとかゴーレムと、斬ったパーツ達を村に持ち帰った。(意外と力持ちだった)
「おつかれさまなも二人とも。では、早速作業に取り掛かるなも!」
出迎えてくれたタスキの一言で、ゴーレムがどこかへと運ばれていく。
「何に使うんだ?あれ」
「2人への報酬にするなも!楽しみにしてるなも!」
…と、はぐらかされてしまった。
「…装備、作ってくれるのかな?」
「…かもな」
小声でこっそりと耳打ちしてきた夕空に同意を返す。なんとなく察しはついていたが、黙っていることにした。
――――――――――――――――
一週間連絡がつかない神秘使いには捜索依頼が発生してしまうが、今日は村で泊まることにした。料理もご馳走してくれるらしい。怪異とはいえ、育ててる作物的にも、人間と食べるものは変わらないのだろう。彼の30日の好敵手契約は、彼が協会に30日顔を出すこと、という条件であって、平日は毎日顔を出せとかそういうことじゃない。
小さな村だ。初めての人間の客、ということで、村の広場を使っての宴となった。
街灯なんてものはないが、広場のそこら中に灯篭が置かれ森の雰囲気と良く合う。机がいくつも用意され、おにぎりやフルーツが皿の上にいくつも置かれ、森の近くに流れる川から釣ったのか、串の刺さった魚が七輪で焼かれている。鶏だろうか、肉も同様に焼かれており、意外にも彼らは雑食のらしい。
「今日はこの村始まって以来初の人間のお客さんが来てくれたなも!ゴーレムを見事倒してくれたこの二人に、まずは拍手なも!」
広場の中央に参加者が集まり、狸たちの前に二人は立たされた。
小さな手でもパチパチパチパチと沢山の大きな拍手が貰え、夕空は照れくさそうに頭を掻き、彼はそっと頭を下げた。
「じゃあ二人とも、挨拶と乾杯の音頭、よろしくなも!」
司会を担当した若い狸が一歩下がった。
「夕空、よろしく」
「うんっ。…えっと」
力強く頷くと、全員に聞こえるように少し大きめな声で話し始める。
「まずははじめまして!私は衛士の夕空!こっちは侍の北本さん!みなさんに招待を頂けてとっても嬉しいです!私たちも話せる怪異と会ったことはなかったので、今日は一杯お話しましょう!…じゃあ!お腹も空いたので…乾杯っ!」
「「「「「かんぱ~い!!!」」」」」
それぞれが手に持った木製のコップを空に掲げ、宴は始まった。
「おにいさん!侍なも!?」
「ああ。侍だ。神秘はないけどな」
「神秘無いなも!?戦えるなも!?」
「ああ。その分、色々なことをやってるからな」
「侍なのに大剣なも~?」
「そうだな。多分俺だけだとは思うけど…例えば、今日戦ったゴーレムなんかは、大剣がなきゃ、負けてたかもしれないな」
「すごいなも!沢山武器が使えるなもし!」
「聞いたことないなもそんな剣術士」
「そうだろうなぁ。だから、レアだぞ。レア」
「レアなも?」
「レアなも」
「レアなも~!」
寄ってきた子供たちの質問に明るい調子で答える彼を遠めに見つめる彼女。一通り質問に答え終わり、質問し返し、休憩していたのだが…一匹の狸が寄ってきた。
「衛士さん」
「うん?どうしたの?」
「衛士さんは、どうしてあのお侍さんとなも?」
「えっと…神秘が使えないこと?」
「そうなも。神秘が使えない人間は、怪異に勝てないって聞いたなもし!」
「うーん。そうだね。私も、神秘が無かったら、衛士になっていなかったと思うよ」
「なも」
「でも、北本さん…あのお侍さんは強いよ。私より」
「なも!?おねえさんより強いなも!?」
「そうなも。すごいお侍さんなも。残り四体のゴーレムも、2人で戦えば負けないなも」
「なも~♪すごいなも!あのお侍さんにも聞いてくるなも~♪」
彼の元へ駆けて行く怪異。。澪と怪異が話しているのを遠目で見ていると、夕空の話になったのだろう、ふと目が合う。手を軽く振ると、手を上げて返してくれた。
敢えて彼を選んだ理由が、彼女にはないのだろう。
強いて言えば、彼が誰とも一緒に戦わないだろうと思ったから。
腕前は確か。他の侍にも後れを取らないだろう。ただ…自分はどうだろうか。釣り合うとか、釣り合わないとかを考えたことはない。好きで一緒にいるというよりも、誰も隣にいないなら、私が隣にいよう、という理由。じゃあ、彼が名を馳せた時…彼の隣を立候補する、自分よりも強い剣士が現れたなら…。
きっと、迷うことなく席を譲るのだろう。
『夕!』
「…?」
あの時呼ばれた声が、何故か今になってもう一度反芻された。
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