第10話


 居間のど真ん中。四角いちゃぶ台に座る狸の向かい側、用意された座布団の上に二人して正座する。


「招待のお誘い、ありがとうございます!私は夕空逢、こっちのお侍さんは北本澪さん」


 頭を下げる夕空に習い、軽く頭を下げる。


 畳部屋というのが完全に、夏頃に祖父の家に遊びに行く感覚を思わせるが、この世界にそのイベントは無い。


「本日貴方たちをお呼びしたのは…私たちではなく、別の怪異についてなもし」


「ゴーレム、という怪異をご存知なも?」


「あ、はい。確か、衛士の第七神秘のような…」


「なも。一言で言えば、岩でできた人形のような怪異なも。…先日、この村付近に何体も出現しているらしく…」


「…口をはさんで申し訳ないんだが、それって衛士の神秘の可能性は?」


「恐らく無いなも。術者が近くにいなかったなもし」


「うん。…まぁ、得意な人だとその限りでもないんだけど。数がいるなら、衛士協会で何かしら作戦が発令されてるだろうし、私にも連絡が来ると思うよ」


「使えるのか」


「あんまり得意じゃないけどね」


「…お礼はするなも。この村に入ることはないといえ、このままじゃ出掛けられないなもし」


 怪異からの依頼…いいや、そもそも、怪異と関係を持つ、ということ自体、彼ら2人には経験がない。「ま、いいんじゃね?」という彼の頭と同じように、人間社会が出来ているのなら楽だったが…。


「お任せください!ね、北本さん」


 この場にいる人間は、彼と同じように「ま、いっか」と簡単に引き受ける少女だけであった。


「ああ…ただ、その前に聞きたいんだが」


「なも?」


「お前たちの力はなんなんだ?」


 その問に驚いた顔をしたのは夕空だけで、タスキはというと、彼の疑問に眉1つ動かさない。


「化かす力といえば良いか、騙す力と言えば良いか…。私たちは体内から出る煙を用いて、他者の認識を阻害することができるなも」


「あの森の…」


「なも。といってもあの森の物は少し特別で、認識を阻害というより、意識を朦朧とさせるものなのですが…とにかくそういう能力なも」


 ???といまいち理解していない夕空を見てか、タスキは微笑むと、ボンッ!という音と共にタスキの周りに一瞬にして煙が立ち込め…それが晴れた頃には、70歳程の人間の爺さんが立っていた。


「まぁ、こういうことなも」


「目を閉じてたら効かない?」


「なも。…言わばこれは、煙の衣によって体を覆っている状態なので、効かないと言えば効かないでしょうし、効くといえば効くかと」


 今まで上空から侵入者がいなかったのは、恐らく森と同じく霧を張り巡らせているのだろう。夕空の眠ったような状態からして、霧が出たタイミングからすでに引っかかっていたのであれば、霧の前情報が無いことにも納得がいく。神秘使いと非神秘使いだと効き易さに差があるのかもしれない。同時に2人が掛かったら、詰んでいただろう。


「こちらからもお尋ねしたいなも…」


「なんでしょう?」


「…実力者であることは私の目にも解るなも。なも…あなたからは神秘の気配を感じないなも。それに、剣を二本なも」


「…」


 先程から黙ったままの夕空の微妙な雰囲気に、しかし確固たる決意を持って、彼はゆっくりと言葉を発する。


「自分は神秘を持ってない。ただ…依頼を果たせる自負はある」


 気が付くと胸にやっていた右手が確かに鼓動の声を聞き、はっきりと言い切ったその言葉が、彼の中に木霊する。


「…なも。よろしくおねがいするなも」


 改めて頭を下げられ、2人は頷くと立ち上がり、屋敷を後にした。


「…なんだか、少し印象変わったなぁ」


「ふぅん?」


「なんとなく。何がどうってわけじゃないんだけどね」


 絶望の色は消えてはいない。彼はまだ、強い。ただ…もしこの依頼を達成できたら、弱くなってしまうのだろうか。でも、じゃあ…達成できなかったら…もっと強くなれるのだろうか。


『何か、絶望の代わりの力の源があればいいのに』

 目を伏せ願ったその思いが叶う日は来るのだろうか。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…あれ、何だ?」


 子供たちが遊ぶ、木で出来たくの字型のよくわからない棒。それを子供が空に向かって投げると、空中を∩の字型に舞い、投げた子供の手元に返ってきた。


「…怪異の、神秘使い?」


「風の第一神秘みたいだね」


「ああ、あれは違うなも」


 最初に村長宅へ案内してくれた狸…タフキが、自身の腰に差した同じ物を北本に渡す。


「ブーメラン、といって…原理は長いので飛ばしますと、この形状で上手く投げられると、手元に返ってくるんなも」


 そっちに向けて投げてみてください。と誰もいない空き地を指され、彼は先の子供の見様見真似で軽く力を込め、ブーメランを投げる。


「おおっ!綺麗に戻ってきた!」


「すごいなも。中々やるなも」


 やらせてーやらせてーとせがむ夕空に渡すと、力を込めて「てりゃー!」と思いっきり投げ…帰ってくるには帰ってきたが∩というよりもヘという感じになってしまい、慌てて取りに行くはめになった。


「コツは横から縦に投げることなも」


「うーん、もう一回!」


 同じ場所から夕空はもう一度投げるが…今度は返ってくることすらなく、μのような軌道で遥か先へ。


「もー!」


 走って取りに行く彼女を他所に、思案を巡らせる彼。笑うタフキの声も右から左へ。多少息を切らしつつ戻ってきた彼女が、彼にブーメランを渡す。


「力づくでやっても可笑しな方向に飛んで行ってしまうなも。こう、手首を効かせる感じなも。…一応、私たちの武器の一つなもが、敵に当たれば勢いはなくなって落ちるなも。外した時には帰ってくるなもが…軌道も読めないなも。なら、普通の投げナイフでいいなも」


 そんな忠告を聞きながらも、彼はブーメランの触り心地を確かめ…体全体を使って、渾身のスイングでブーメランをぶん投げた。


 力を込めればその分戻りが早い、というわけではない。その分遠くへ飛んでしまい、逆に戻ってくることなく手前で落ちる羽目になるのがしばしば。しかし…彼が投げたソレは、時速100km程の速度を出し、かつ正確に、引力でも働いているかのように、彼の手元に返ってきた。


 ポカンとした顔の夕空。だがすぐに、その顔は歓喜に染まる。


「すごいすごい!!北本さん!これ、武器にできるよ!!」


「…すごいなもね。参ったなも」


「ああ…。これは、使えるな」


「やばい奴なも」という表情のタフキを他所に、キラキラと目を輝かせる夕空。彼は、また一つの自身の新たな可能性を見つけたことに、表情には出さないがかなり喜んでいた。


 屋敷の窓から顔を覗かせ、先程までの光景を見ていたタスキは、何処か納得し、同時に何か閃いた様子で急ぎその場を後にした。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 ブーメランを返し、森の外へ出る。帰り道は解らないが、遠くで見ててくれているらしい。終わったら案内してもらえるだろう。


 少なくとも5体ということだが、二人ともゴーレムと戦ったことはない。苦戦するようなら一度撤退することも視野に入れておくべきだろう。


「…あれか」


 茶色く四角い石を繋げて作られた巨体。繋ぎ目は子供の指以下の太さで、戦いながら繋ぎ目を狙うのは至難の業だろう。生半可な武器であの岩を切断することは難しいことは間違いない。…彼には今のところアレを倒す手が思いつかないが、彼女の神秘なら、何か有効な手があるかもしれない。


 3メートルあるかないか、という程のゴーレムはまだこちらに気づいていないようだ。


「剣は通らなそうだな」


「そうだね…でも、私の神秘なら」


「ああ。…聞きそびれていたが、どの剣技を使えるんだ」


「えっと…1と2と、3と7かな。」


「1って、俺にも使えるのか?」


「うんっ。どうする?」


「…とりあえずはいいか。俺が前に出る。隙を見て3を頼む」


「待って。私が前に出るよ。これがあれば衝撃も耐えられるし」


 そういいつつ、彼女の周囲に光が集い…それは戦闘服となった。


 衛士の第一神秘。一ノ形‥‥‥体、或いは大剣に岩石を纏わせる。基本は防御用。岩は都合よく軽くなったり重くなったりできる。薄く、強く。服のようにさえもできる。さながら変身。


 といっても体に纏わせるのは普通は鎧のようにするのが関の山。或いは手甲のように部分的にするのが一般的な衛士だ。彼女の、服、という状態はイレギュラーだろう。鉱物を素材に服なんて作れるわけがないし、防御力の面でも理にかなっていない。


「四肢の繋ぎ目か、岩の繋ぎ目か…或いはあの光った目でも。私が引き付けてる間に斬って」


「…」


 見つめ合い…どちらが折れるかの勝負。…今回負けたのは澪の方だ。


「わかった。なら、初動は任せた」


「了解っ!」


 彼女はひょいっと跳ぶように移動して木の枝を掴むと、なるべく音を立てないように得物の頭上へ。彼は気配を消しゴーレムの後方右斜め前方の茂みに伏せる。


 風の通り過ぎる音と、それに揺れ踊る葉の音色。暗緑藍色の深い森に、差し込む光と僅かに立ち込める霧。苔の一つでも生えていれば雰囲気に合ったかもしれないが、茶一色のその傀儡はこの世界には異色だ。



 視線を合わせ、頷き合うとーー夕空は木の上から垂直に飛び降り、大剣を頭に振り下ろした。


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