第9話


「…あの時はありがとね!…というか、風使いもびっくりなぐらい、速かったね」


「ああ…あれは、ただの予想的中だから大したことじゃない」


「予想的中?」


「ああ。ギリギリの高さ、磁力という不安定な支え、足場の悪さ…。…まぁ、まさか本当にあんなに見事にやらかすとは思わなかったが」


「あ、あはは…面目ないなぁ」


 穏やかな風が草原を歩く2人の横を過ぎる。

 出会った頃には思いもよらなかったその間柄を改めて噛み締め、少女は隣の男を横目で見た。


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 そんなこんなで話しながら歩いているとあっという間に森の入り口に辿り着いた。


 ミクノ森の広さは町1つを凌駕するほどの大きさだ。背の高い木々が連なり、途中までは踏み鳴らされた道があるが、その広大さ故に迷い人が出ることがしばしば。加えてそれなりに強い怪異が報告されたこともあり、人はあまり近寄らない。


「さぁっ!森の東側で目撃情報があったらしいから、まずはそっちに行こう!」


「りょうかい」


 森の中を歩き始めて数分も経てば、太陽の温もりを感じることも叶わなくなってしまう。とは言っても僅かにだが木漏れ日は存在する。

 闇は時間帯に似合わず所々に存在し、もし真夜中に歩くハメになれば、前後不覚に陥るかもしれない。

 酷く密集した木々の群れ。かき分けながら進むのは酷く億劫だが、仕方ない。


 彼を先頭に、同じような景色が続く仄かに黒みがかった森を歩き続ける。


 右斜め前方へとひたすら進む。人間の通った後らしき足場の整った道はやはり目的達成以前に終わり、それからはキノコやら草花やらが敷き詰められた茂みの中をなんとか歩き続け、途中獣道を見つければその道を選ぶようにして歩みを続ける。


「…霧?」


「あれ…珍しい」


 森の奥から立ち込める霧が彼らを包み込む。それでも進むしかなく、彼らは歩き続ける。


 右斜め前方へとひたすら進む。人間の通った後らしき足場の整った道はやはり目的達成以前に終わり、それからはキノコやら草花やらが敷き詰められた茂みの中をなんとか歩き続け、途中獣道を見つければその道を選ぶようにして歩みを続ける。


「…長いな」


「…目当ての怪異とは中々会えないね」


 右斜め前方へとひたすら進む。人間の通った後らしき足場の整った道はやはり目的達成以前に終わり、それからはキノコやら草花やらが敷き詰められた茂みの中をなんとか歩き続け、途中獣道を見つければその道を選ぶようにして歩みを続ける。


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 頭の中に妙な靄が立ち込めている気がする。

 どうにも嫌な空気を感じて、彼は後ろを振り返った。

 霧が出始めてからは、夕空が彼の前を歩いている。不意打ちで怪異が迫ってきた場合、彼女の盾の方が安全だからだ。


「…」


 迷ったか?いや、これは…。


「夕空」


 呼びかけるも、彼女の歩みは止まらない。

 不審に思い駆け寄って肩を叩く。そうしてようやく歩みは止まり、振り返った彼女。

 その目は虚ろで、意識は無いのか、よく見ると体の力もいつもより入っていないように見えた。まるで、そう…眠っているかのよう。


「…怪異か」


 そもそものあの手紙の正体。言わずとも二人とも、怪異からの物だということは解っていた。友好的な怪異らしく、興味があったが…知能犯だったわけである。この様子からすると、あの手紙の誤植もわざとの可能性がある。


 何故彼には効かないかと言えば…夕空が前を歩いていたからか、1人にしか効かないからか、それとも、神秘特攻なのか。

 神秘と怪異というのは、お互いに弱点…に、悲しくもなってしまっているという説がある。確かなことは言えないが、怪異による精神攻撃、毒や呪いなどは、神秘持ちの方が影響を受けやすい。神秘が守ってくれるのではないか、という考えもあるが逆に、神秘が馴染んでいる者の方が入り込まれやすいのではないか、という考えもある。

 それか…怪異達にはその人間が神秘使いか否かを見極める能力があり、そちらを優先に狙う習性があるか。


「んなこた今はいい。…起きろ、夕空」


 軽く揺さぶるが、起きない。ガクガクと首が座っていない赤子のようで、少々怖かった。


「…っ」


 右手を掴み、思いっきりつねる。


「……いっ、いたいいたい!」


 パッと、スイッチが切り替わったかのように跳び起きた彼女の右手を離す。


「…あれ?ここは…」


「攻撃されてる。歩きながら寝てたぞ」


「っ……どうしよう?」


「脱出する」


「うん…。でも…」


「…でも、なんだよ」


「…眠らされただけで…もしかしたら、敵意は無いかもよ?」


 恐る恐る、そっと覗き込むように彼を見上げながらそう切り出され…半ば呆れながらも、溜息の後…彼も頷いた。


 驚いた顔の夕空だったが、嬉しそうにニッと笑うと、森の奥へと向き直る。


「話を聞きに来た!!眠らせなくてもついていくから、姿を見せて!!!」


 叫び声が森に響き渡る。がさりと、彼らの右斜め前方の木の上の茂みが揺れ動く。


 …わかりやすっ。


 彼女が言うように、実害はまだない(?)。先程のはまだ、彼女を使って道案内をしようとしているような、そんな状態だった…というように好意的に解釈できなくもない。


 あれだけビクッ!!と反応してっしまったのだ。もう、出てくるしかないだろう。

 茂みからこちらを覗き込むようにでてきたのは…間抜けな顔をした、二足歩行の…動物で例えれば狸が一番近い、二匹の怪異だった。


 目が合うと驚いたように一匹は逃げようとするが、もう一匹の怪異が逃げようとしたもう一匹の腕をがっしりと掴んでいた。


 しばらく押し問答をしていたようだが、やがて逃げようとした一体が憂鬱そうな溜息をついた。決着がついたらしい。二匹は木の上からこちらへ向けて、ムササビかのように、背負った大きめな木の葉を広げ滑空し、2人の目の前に着地した。


「まずはごめんなさいなもし」


「なもし」


「いえいえ!それで、あなたたちがあの紙を…?」


 …なもしってなんだ?


「はいなも。衛士さんにお願いがあって…。それで、まずは村に連れてくるように言われてたなもし」


「なもし」


「そっか。じゃあ、そこで聞いた方がいいのかな…。その村っていうのは、あとどれぐらい?」


「あと278歩なもし!もうすぐなもし!」


「なもし!」


 最初こそおっかなびっくりという感じだったが、夕空の雰囲気に呑まれたのだろう。子供ということもあってか、すでに緊張感はかなり減っているようだ。


 …あれ?怪異って子供の個体とかあるのか?


「北本さん?行きましょ?」


 考えているうちに怪異達は前を進み始めていた。たまに斜め、たまに左へたまに右へ…。はぐれないように、2人してそのあとを追った。


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 歩数を数えていたわけではないが…前方に、まるで雲かのような密度の霧が集まっており、ここが目的地だろうことは察しがついた。


 躊躇うことなく霧の中に飛び込んで消えた狸。前を行く夕空は彼を一度振り返ると頷き、霧の中へと蜘蛛の巣をどかすかのように進んでいった。


 同様に進もうとして…一度、振り返る。


 森の中は霧のせいか、少し異様な雰囲気を纏っていた。


 …この森にこんな場所、あったのか。


 そもそも歩いた距離的に森の外に出ていないと可笑しいのではないか。

 …先程から感じる妙な気配はなんなのか。


 解らないことだらけだったが…彼は霧の中に潜り込んだ。


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 雲の中を10歩程歩くとすぐに霧は晴れる。

 最初に見た色は、森だというのに茜色だった。

 大木の中にでも住んでいるのだろうかと思っていたが…そこは完全に、人間が住んでいるような村と変わらないものだった。木をいくつも切り倒して作ったのだろう。空の色が見える。少し小さめな木造建築の家々が立ち並ぶ中に畑や背の低い果樹園なんかもあり、寧ろ外れの村よりはよっぽど立派な村だと思った。


 目測で凡そ1平方キロメートル程の規模のその村には、1m程の二足歩行の狸似の怪異が何匹も視界に映る。

 農業を行なう者、木製の何かを作っている者がしばしば。50cm程の子供らしき怪異は追いかけっこや、くの字型のよくわからないものを投げたり、葉っぱを使った良く分からない遊びをしていた。


「おお、衛士様なも!二匹ともご苦労様なもし!」


「「なもし!!」」


 散歩でもしてたのか、一匹の大人怪異が二匹と二人を出迎えた。…でかいくせに間抜けな顔だと、可笑しな怖さがある。


「衛士様、ようこそおいでくださいました。村長の元まで案内いたします」


「はいっよろしくおねがいしますっ!」


 物腰低く、語尾も控えたその狸に案内され、村の中でも一際大きな二階建ての家に入る。


 狸用に作られた建物だからしかたないのだが、若干天井が低い。しかし体のサイズ的に言えば人間の子供程度のため、そこまで苦でもなかった。


 内装は至って普通の、和風の古屋敷といった感じ。たくさんの狸たちが出入りするのか、何かと部屋の数といい設備と言い、潤沢な気がした。


「ようこそおいでくださいましたなも、衛士様方…。村の長をしております、タスキと申しますなもし」


 年齢の概念があるのなら当然、年老いた狸もいるのだろうと思ったが…まさに予想通りの、ぽやんとした顔に皺と白髪の眠そうな狸が、閉じた瞳で二人を出迎えた。


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 4/8、第0話追加、及び第3話再編しました。が、こちらの話はご覧にならないのも面白いかなと思っております。

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