第8話
とある日の衛士協会にて----
「可笑しな依頼?」
「うん。これなんだけど…」
依頼、というよりもレポートと言うべきそれは、この町周辺で見かけた怪異の情報の書かれた紙であり、衛士協会のボードに張り付けられる。討伐報告をすることで、その町の長、或いは神秘の長から謝礼が払われる。
『
衛土様へ、
先白、この町から北東、ミクノ森にて複数の少動物型の経異を見かけました。かわいらしい見た日で思わず声を掛けてみたのですが、逃げられてしまいました。敵意が無い経異かもしれません。調査をお願いします。
美味しいご飯と共に持っています。
』
「…なんだこれ」
所々文字が間違っているし、最後の一文については意味が解らない。
敵意の無い怪異は、数は少ないが存在することは知っている。ただ、大抵は他の怪異にやられるのがオチだ。
いつだったかこの大陸の何処かでは、人と怪異が共存する村もあると聞いたことがあるが…。
「行ってみない?」
「…なんでまた」
「気にならない?」
「…気になるけど」
「じゃあ行こうよ!」
「…………ああ」
ということで、2人で街を出て報告のあった森へと向かうことにした。
目的地には一時間もかからない。今は昼過ぎだから、すぐに発見できれば夕方までには帰れるだろう。
新調した刀ともう一つ。背負った大剣の重みを感じながらも歩を進める。
先日に遡る。
-----------------------------------------------------------
「おう、今後もごひいきに~」
先日夕空に案内されていた武器屋で刀を購入。割と即決で。
刀を買った時点で用件は済んだと思ったのだろう。店主の禿げたじいさんが告げた言葉に反し、彼は店内をまだ物色していた。
「…」
衛士協会のある街なのだ、最も大剣の扱いが広いのは当然だろう。故に…迷う。
警備がてら街を散歩していた彼女が見かけたのは、何故か自身の得物ではない大剣の前で唸っている彼の姿だ。
「あれ、北本さん?なにやってるの?」
「!…あ、ああ、夕空か」
ひょいっとゼロ距離で覗き込みつつ声を掛けられ、彼も思わず目を見開き驚く。が、彼女はそんなこと気にした様子もない。
「大剣見てたの?」
「ああ…」
疑問符を浮かべ、かわいらしく首を傾げる夕空。なんて答えればいいのか微妙に言い淀んでいた彼の表情を見て、何を知ってか少女の目がキラキラと輝きを帯びた。
「もしかして!衛士になるの!?」
全力の期待を込めたその眼差しに撃ち抜かれると、思わずハイと言ってみたくなるが…彼は首を横に振った。
「いいや。ただ、大剣も使えるようになっときたいってだけだ。どうせ、神秘は使えないだろうし」
なぁんだ…と目に見えて落ち込む少女の姿に、少し心が浮かび上がる。顔色には一切出ないが。
「なるほど…そうだよね。武器、盗ってたし」
「ああ。…神秘っていう応用の効く攻守に優れた力が無い以上、それ以外でカバーするしかない」
「…そっか」
彼の目は先を見据えていた。その事実が嬉しくて、彼は気づかなかったが夕空の目が細まる。
「刀身は長め。できるだけ軽くて、片刃。剣の幅は、俺の体一つ守れる壁になるぐらいがいいんだが…理想通りのものが見当たらなくてな」
「おお、結構注文するね…。…よーっし!手伝うよ!」
笑顔とも微妙とも言い辛い苦笑いの後、しかしすぐ、彼女は有り余るやる気でふんすっ、と意気揚々と申し出て、自身の大剣を…顔見知りなのだろう、預かっておいて!と店主に預けると、嬉々として店の中を物色し始めた。
「…ああ、助かる」
たぶん断っても無駄なんだろうな、ということは既に彼も理解していた。素直に提案に乗ることにした。
店主には既に聞いたが、あったよーななかったよーな、と適当だった。
-----------------------------------------------------
理想の大剣の捜索から数分。
「これはどう?」
「ちょっと長すぎるかな」
「これは?」
「…軽すぎるな。ってか薄すぎる。すぐ壊れるぞ、これ」
「じゃあーーこれならどうだ!」
「両刃じゃねぇか」
「あ…あはは、忘れてた」
そんなこんなで苦戦すること1時間程。
「お」
若干疲れてきた夕空がふと体を伸ばして天井を見上げると、ついに目当ての物を見つけ目を見開く。
それなりに広い店内には所狭しと…壁だけでなく天井にすら剣が掛けられている。天井には磁石でも仕掛けられているのだろうか。特別何か掛けるものは見当たらない。正直見にくいし、レイアウトも何もあったものじゃないのだが…店主の腕は確かなのだ。神は二物を与えない。
『それなりに長いし、幅もある。それに片刃。…どうだろう、軽そうだけど…』
天井までは手が届かない。
2人の身長は夕空が155程、北本が175程。彼ならばギリギリ届くか届かないか、という程。
小さな足場用の箱をすぐそばに見つけ、足元へ。
「夕空?」
「あ、ちょっと待って。これ良さそう」
箱をもってしても微妙に届かないようで、苦戦しているが…背伸びした指先が微かに触れ、剣が天井から外れる。
箱の位置を微妙に間違えたのだろう。中央よりも少し後ろで背を伸ばしている。ギリギリで夢中になって弾くように取ったからか、剣は外れたが彼女の手ではなく彼の方へ。加えて力いっぱいやったのだろう、剣と同時に彼女の足元の箱までも僅かに彼の方へと突っ込んできた。箱の突然の裏切り?でバランスを崩した彼女はそのまま…足場の外へ。
「ッ」
「あっ…」
彼女までの距離は3メートルほど。夕空が剣を弾いた時点で掴む準備はできており、その対象が変わっただけ。弾かれて自身へと飛んできた剣の腹を殴り弾き飛ばし天井に叩きつけると磁力のおかげかがっちりと再度へばりつく。彼の頭上の天井にも剣があったら危なかったが、運が良かったとしか言いようがない。
右手で弾き飛ばしつつ加速は続く。尻もちをつくような形で落ちれば、それなりには痛いだろう。…無論、彼はそれを許さない。
箱を横に蹴り飛ばしつつ、それとは逆に僅かに体を逸らし落ちる彼女の横に着くと、左腕で膝の裏、右腕で背中をキャッチし、その体が地面にぶつかることを防いだ。
「…大丈夫か?」
「う、う…ん…。…えっと、ごめんね。たすかったよ」
綺麗に変な所を触るのを回避してみせた彼。今の状況を俯瞰で見る余裕は無い。
不意の衝撃で目をパチクリさせる夕空は数秒立つと、状況を把握したのか、触れられたことの無い場所にある彼の腕と胸板の感触に、上気する頬を抑えきれなかった。
「え、えっと…下ろしてくれる…?」
「ああ、うん」
何故か少し照れた様子の夕空はさておき、彼は裏切りの箱を再度移動させ、天井に張り付けた大剣を掴み取った。
--------------------------------------
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます