第7話


「…あれが、北本さんの師匠?」


「ああ。水月 采葉、至高の侍だ」


 協会に戻ってきた後各々が秋堅に報告を済ませた。結果として3体ほどの液状怪異を討伐することに成功していたらしい。


 長2人は別室に移動し、後の面子は今日は解散となった。


「…それで、今日はどうしたんだ?」


「それが…」


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 月が天頂に登った頃、北本 澪が病院送りにした衛士の内の1人が病室を抜け出していた。

 ベッドから起き上がったのを気づかれ、同僚に咎められたが…外の空気を吸いに行く、とだけ告げ、振り返らずに外に出た。


「…非神秘風情が」


 確かに、長の言うことは最もだ。不殺宣言なしの、一発切られたら腕が飛ぶような相手の気迫に押し負けないか、と言われれば…自信を持って頷くことはできない。

 ただ…ただ。彼は規格外だ。普通は、遠距離から沈めれば一発。そうじゃなくとも、絶対的なアドバンテージを前に、非神秘の剣士に負けるなんてありえない。


 怪異相手なら、一撃死の恐怖はそりゃもちろんあるが…怪異、という理解の及ばぬ化け物相手か、同じ人間でありながら躊躇無しの殺人者相手か、なら…まぁ、うん。結局どちらも脅威である。


 つまるところ、怪異相手に訓練するか、人間相手に訓練するか、というのと、殺さず無力化(ただし相手は殺しに来る)という状況への慣れ、も含むのだろう。


 そんな相手がいるのか、という話なら…いる。

 神秘に選ばれず、しかし、剣を捨てきれなかった者。そういった者達は大抵、山か森の奥で怪異を殺し、殺される。

 怪異が残す留遺物を生活の当てにするのだ。“死ぬ間際にこそ、視える物が在るはずだ”なんて言葉に縋り。

 怪異は宝石やなぜこんなものを?というような古物を持っていることもある。収集癖でもあるのだろうか?

 まぁ最悪それを持っていなかったとしても、狩りのようなものだ。毛皮を売ったりしてもいい。肉を食おうとする者は流石にいないが。


 …そもそも、こんな風に世界が成ってしまったのは、人が増え、余裕が生まれたからに過ぎない。数十年前までは、神秘を持たない者が剣を握り続けることなんてありえなかった。できないのなら、できることをやれ。当たり前のことだ。技術の成長が、人々の許容(無関心)が、世界中に非神秘使いを生み出した。先なんて見えているのに、神秘使いがやれば一瞬でカタがつく相手を複数人掛かりで倒すような奴らが。100人の初伝よりも、10人の皆伝を90人が支えるべきなのだ。


「…非神秘なら、剣なんか持つんじゃねぇよ」


 胸の中にいつしか芽生えた、神秘の気配。男はそれを“なんでもないもの”かのように掻くと、一度深くため息をつき…。


 胸の内から剣が生えた。


「―――は?」


 見覚えのある剣が男の体を貫き、補充されたばかりの血が再び抜け落ちる。

 意味が解らず間抜けな声を上げた男。一撃で胸の真ん中を貫かれ…その時。


 ――胸の内に確かに在った筈の神秘が消えたのを理解した。


 背後を振り返ることすらできず、絶望の内に地面に倒れこんだ男。

 深くフードを被ったローブの男は、手中に収まったその未知の気配に、口角を歪ませその場を離れるのだった。


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「…アクスが殺された」


 病院に入院していたメンツも集められ、協会の最も大きな会議室にて、その事実は告げられた。仕事柄、誰かが死ぬことは珍しくない。ただしそれは…怪異相手の場合、だ。秋堅によると、夜道での暗殺。使われた得物は大剣だという。



「目的は不明だが、水月によると各地で同様の神秘使い殺しが起こっているらしい。…俺達は神秘が使えると言っても、剣を抜く前に殺されちゃ、いままで鍛え上げてきた物なんて意味が無くなっちまう。…全員、警戒しておくように。…無論、神秘にまだ目覚めてない奴らもな」


「「「「「了解!!」」」」」


 その日の訓練は、いつもより熾烈を極めた。慕われていたのかどうか、彼は殺された男について全く知らないが、それでも…暗殺、というものがどれだけクソなのかは十分に理解しているつもりだった。


「おらぁっ!!!」


 先日病院送りにした男の1人が予想外に高く跳んだかと思うと、体全体を捻り全身全霊の振り下ろしを放つ。

 咄嗟に刀を捨て、背中の大剣を抜き、ギリギリで防ぐが…上からの重い一撃で腕が痺れ、大剣を離し、バランスを崩してしまう。


「ちぃっ…!」


 立ち上がるよりも早く大剣を突きつけられる。


「…まいった。t」


 強いな…と言おうとして、妙な違和感を感じ…突きつけられた剣の主を見る。


 ――味わった回数は少ないが、ソレが何なのかは…きっと、子供でも解る。


「…」


 殺意だ。明確な、怒りだ。お前さえいなければ…という、復讐者の目だ。


 そもそも殺された彼を病院送りにしたのは確かに彼だが…同時に、“仲間”ではない大剣使いでも、彼は在った。殺した理由なんてのはないが…疑われても仕方のないだけの要素を、確かに彼も持っていた。


「強いな。今の一撃は、結構びっくりした」


「……そうか」


「まぁ…いや、完全に負けだ。次に行こう」


 外した場合のスタミナと隙はやばいと思うが、ここぞという一撃としてはアリだと思う。

 とも言おうとしたが…なんとなく、今、好敵手としてアドバイスをするべきではない気がして止めた。


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「よし。今日の鍛錬は終了。各自所定の時間から巡回開始。ただし、時間は半分でいい。これから暫くは巡回の時間の半分を夜に行う。二人ペアはいつもの奴で。エンジは俺とだ。いいな」


 結局、犯人は誰なのか、動機は何なのか、何一つ解らないまま…時間は過ぎていく。

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