第一幕 壱

念願のお遍路、達成!


「やったぁあぁぁっ!」


 私はこの日、ずっと念願だった四国八十八か所巡りを達成した。

 お遍路さんに必要な道具も全て一式揃え、八十八か所全てを達成するために費やした日数は僅か11日。本当は歩いて巡ろうと思ったのだけれど、どれぐらいの時間がかかるか読めなかったから、自分の車を使って巡った。だからか、滞る事もなく順調に巡る事が出来て二か月ある大学の夏休みの大半が自由になった。


 最後の大窪寺で結願を済ませたから、あとは和歌山の高野山にお礼参りに行くべきなのだけど……。


 お礼参りは家に帰る途中でも行けると思って、私はもう少し四国に残ろうかと思っていた。


 だって、こう言う事が無い限りなかなか来れないし!


 私は手にしていた御朱印帳を見つめながら達成感に浸っていると、同じようにバスツアーで八十八か所を回っていたお爺ちゃんお婆ちゃんたちがクスクスと笑っていた。


「若いのに、偉いねぇ」

「あ、いえ、私子供の頃から神社仏閣を巡るのが大好きなんです」

「そう。今は若い人の間でもこう言うのが流行っているんですってね?」


 確かに武将とか神社とか御朱印集めとか、今凄く流行っている。けど、本格的にここまでやる人って少ないんじゃないかな。

 御朱印だってただお参りしてもらう訳じゃなく、ちゃんと納経も済ませて読経だってした。こう言うのはちゃんとした段階を踏んで頂くからこそ、ありがたみってものを感じられるのだと思うのよね。


「皆さん、この後は真っ直ぐ高野山に向かわれるんですか?」

「えぇ。あなたは行かないの?」

「私はまだ大学の夏休みが残ってますし、もう少し四国をぶらぶらしてみようかと思って。高野山には東京に帰る途中で寄るつもりです」


 私は東京生まれ東京育ち。せっかくなら、田舎を満喫したい! そう言った私に、お婆ちゃんはニッコリ笑いながら頷いた。


「田舎には田舎の良さもあるからゆっくりすると良いわ。滞在中気を付けてね」

「はい、ありがとうございます! お婆ちゃんたちも気を付けて」

「ありがとう」


 お遍路として集まっていたお爺ちゃんお婆ちゃんは、その後ぞろぞろとバスに乗って行くのを私は見送り、私もお遍路の装備を脱いで鞄に丁寧に仕舞い込むとすぅっと息を吸い込んだ。


「さってと……。まずは移動しなきゃね」


 私は車に乗り込み、一路、高知市内を目指して車を走らせる。

 香川から高知市内までは、今から高速に乗れば一時間半くらいで着くはず。今が15時40分だから……夜までには市内に入れるかな。


 ちなみになぜ高知に移動しているのかと言うと、今夜の宿が市内にあるから。

 そろそろ全国的に有名な鳴子踊りがあって高知市内のホテルは絶望的に取れないはずなのに、たまたま空きが出たのと私がネットで宿を探していたタイミングが合致して、奇跡に取れたと言ってもいい。


 別に高知に取る必要もなかったんだけど、取れない時期に取れると分かるとつい取ってみたくなるのが、人のさがじゃない?  と、言っても、市内の中ではそこそこのお値段のするホテルではあるんだけど……。


「でも、ほんと。こんな状況で宿が取れたのは奇跡的だわ」


 車を走らせて高速に乗り、高知市内に入ったのはそれからたっぷり3時間くらいかかってしまった。

 私は予約を入れていたロイヤルホテルは一瞬入るのを躊躇うくらいに高級感溢れるホテルだったんだけど、ここで怯んだら寝る場所ないものね。


「藤岡加奈子様ですね。お待ちしておりました。お部屋は1120でございます」


 カードキーを受け取り、私はついでにフロントの人に高知の見所を聞いてみようと思った。


「すいません。高知の観光で有名なところってどこがありますか?」

「市内観光でしたら、高知城や日曜市、国際美術館でしょうか。高知の歴史を辿るにはいいかもしれません。少し東へ走れば高知県立牧野植物園もございます。お食事で人気なのは、帯屋町の中にありますひろめ市場が有名です。市外でしたらいの町には和紙の博物館があり香南には龍河洞りゅうがどうと言う鍾乳洞、野市のいちには高知県立のいち動物公園もございます」


 フロントのお姉さんは地図を見せてくれながら言いよどむ事も無く、高知の見所を教えてくれる。


「へぇ……」

「それと、もし自然界に興味があるようでしたら仁淀川によどがわに行ってみてはいかがです?」

「仁淀川?」


 私は目を瞬いて小首を傾げると、フロントのお姉さんはにこにことほほ笑んで頷き返した。


「高知県で有名な川と言えば四万十川と思われる方が多いのですが、仁淀川も仁淀ブルーと呼ばれるほどとても澄んだ清流なんです。最近では都内から引っ越していらっしゃった方が仁淀川の水を使ったビール工房をこしらえたようです」


 ビール工房……! いいな~。すごく気になるけど車運転してたら残念だけど飲めないよ……。でも……。 


「仁淀ブルーか……」

「車で高速に乗れば一時間くらいで着きますが、お時間があるようでしたらなら一度見てみても宜しいかと思います」


 確かに、都会にいては清流なんて言われるくらい綺麗な川は拝めない。まぁ、奥多摩にでも行けば別なんだろうけど。


 今の私は仁淀ブルーと言う響きに、興味をそそられていた。

 お祭りももちろん気にはなるけど、私、あんまり人がひしめき合っている場所は実はあまり好きじゃないし。何より暑いし。


「良かったら、これ仁淀川のチラシです。持って行って下さい」

「ありがとうございます」


 フロントからエレベーターで上がり、自分の部屋に入って荷物を置いて私は“高知唯一の清流、仁淀川”と大きく書かれたチラシを見ながらベッドに腰を下ろした。透明度の高い綺麗な川の水中写真が写っている。


「鮎とか泳いでそう。その近辺で地元の人しか知らないような神社とか参拝出来るかもしれないな」


 旅の醍醐味は地元の人と関わって地元の人しか知らない情報を聞いて巡る事!

 私はチラシをテーブルに置いてからお風呂に入ると、明日の事を楽しみにベッドに横になって、仁淀川に近いホテルを探してみる。

 市内の部屋はもう取れないけど、市外にでちゃえば取れない事はたぶんないはず。


 私はスマホで仁淀川近辺の事を色々と調べていると、寄相神社と言う神社がある事に気が付いた。航空写真で見る限り仁淀川町って言う山間の村の中にあるみたいだけど、随分綺麗に手入れされている石造りの長い階段が目を引いた。それに、何だか不思議と知っているような気になる。


「何だろ……ここ、凄く気になる。この神社の近くに宿はないのかしら」


 寄相神社を主軸に宿がないかを探してみると、なかなか評判の良い川沿いの小さな民宿を見つけ、私は早速電話をしてみるとすんなりと予約する事が出来た。


「ふふ。楽しみ! やっぱり旅は楽しまなくちゃね!」


 ごろりとうつ伏せになりながら、スマホで色々を調べている内に、長旅のせいか私は知らず知らずに眠ってしまったのだった。

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