第169話 決戦の地(2)

 客車から出たラディクたちを追って、俺も外へ出る。

 怖くないかって?

 怖いに決まってる。

 だけど、コレンティン王国の帝都でヤツらの攻撃を目にしてるから、俺には分かっていた。

 客車の中にいても外にいても、たいした違いはないってね。

 それなら少しでも多くの敵をやっつけるられるように、外へ出た方がいい。スキルゲージを解放すれば、俺の力でも少しは助けになるはずだ。客車の中には、ミリネたちもいるし。


 震える足で、客車のタラップを降りる。

 背後で扉が閉まる時、ミリネの声が聞こえた。


「グレン! 行っちゃダメ!」


 ごめんね、今回だけは俺の好きにさせてもらうよ。

 肩の革当てに触れる。三日ほど前からピュウが姿を消している。これから勝てそうにない戦闘が始まるだろうから、それはそれでいいんだけどね。

 ちょっと寂しけど……。


 誰かが逃がしたのか、客車をひいていた白馬も姿が見えなかった。客車は草原に置きざりにされた形だ。

 その前には、剣を手にしたラディク、大盾を構えたゴリアテ、白い杖をついたマール、そして、漆黒のワンドを手にしたルシル、『剣と盾』の四人が並んで立っている。

 そして、その向こうに広がるローブの白一色。 

 のどかな陽射しに照らされた草原の舞台は、目の前で起きていることが、まるで幻のように思えた。 

 

 白ローブ軍団から、肩まで銀髪を伸ばした男が前に出てくる。

 そいつだけは、フードをかぶっていない。がっしりした初老のイケメンだ。男は、よく通る声でこう言った。


「神に盾突く愚か者どもよ! 大人しく『奇跡の子』を渡せばよいものを。お前たちには、今から天罰が下される。懺悔の言葉はないか? 祈りの時間ぐらいは与えてやろう」


 それに答えたのは、ラディクではなく、意外にもゴリアテだった。


「あんた、テラスコでウチの宿に来た枢機卿だな? いいのかい? 顔をさらしちまっても?」


「別に構わん。お前らは、奇跡の子を除き、全員ここで天に召されるのだからな。いや、違うな。お前らの行先は地獄だ!」

  

「あはははは!」


 ラディクの高笑いが草原に広がる。

 それだけ聞くと、彼の方が、よっぽど悪人っぽいんだよね。


「ふん! 笑ていられるのも、今のうちだぞ、勇者!」


「だって、おかしくって! あんたたちがゴブリン並みの頭でホント助かったよ。ここで一気に叩かせてもらうよ」


「たわけ! その人数で、いったいなにができる?」


「だから、あんたはゴブリン頭なんだよ。あれが見えないのかい?」


 ラディクは、抜き身の剣で右の方を指した。

 黒い波のようなものが、草原を近づいてくる。

 あれは……。


「なっ、獣人だと! なんでフギャウン王国がここに!?」


 近づいてきた無数の獣人で地鳴りがする。

 先頭を走る巨大なトカゲっぽい生き物の背には、赤いマントをひるがえす獣王グオゥンが乗っている。

 

「枢機卿さん、もっとよく見ないといけないよ」


 勇者の剣が、まっ直ぐこちらに向けられる。

 えっ? どういうこと?

 後ろを振りむくと、西の関からわらわらとエルフ兵が出てくる。

 その先頭には、白銀の鎧で身をかためたエルフの騎士、そして白馬に乗ったエルフの女王がいた。

 その横には、イニス、リンダ、コルテス、ルークの四人、パーティ『絆』の姿も見える。


「な、な、なぜ『森の国』の軍勢が!?」


 枢機卿の動揺ぶりがひどいな。

 まあ、こうなると、俺たち一行を人知れず消すなんて、もうできないからね。


「ほほほ、我が弟子も、ようやく来たようだの!」

 

 マイルの白い杖が、白ローブたちへ向けられる。

 枢機卿が背後を振りかえる。

 草原の向こうから近づいてくるのは、馬に乗った騎士たちだった。

 

「な、なぜあのお方が!?」


 騎士の後ろからやって来た、派手な金色の馬車が停まり、客車から出てきたのは、立派な身なりのおじさんと青ローブ姿の若者、そして、白く長い帽子を頭に載せた白ローブの老人だった。

 白ローブの集団が波うつ。どうやら、動揺しているのは、枢機卿だけではないらしい。


「コレンティン陛下~、教皇猊下~!」


 ラディクが、剣を持ったままの手をわざとらしく振っている。

 剣の刃が陽の光を辺りに、キラキラふりまく。


「な、なぜ教皇様が……」


 枢機卿、面白いほどうろたえてるな~。ぶるぶる震えてるじゃん。


「あのね、ネタを明かすと、『剣と盾』で教皇様からの依頼受けてたんだよね。教会内に不穏な動きがあるから、調べてくれって。まったく、今回は時間がかかったよ。やっとあんたが尻尾を出してくれたから、これで一件落着だね」


「くっ、はかったな!」


「いやあ、あんたに言われたくないでしょ。各国を陰から支配しようとしてたんだから。ちなみに、あんたのお仲間、獣人国の『羊さん』とか、みんなすでに捕まってるから」


 いやあ、ラディクって、敵の傷口に塩を塗りこむタイプだよね。


「くっ、だが、もう私たちは止められぬぞ!」


 なんかこうなると、すでに負けおしみだね、このおじさん。

 その時、白ローブたちの一人が、すーっと滑るように枢機卿へ近づいた。

 ふらついている枢機卿の体を支えると、彼の耳元でなにか話しかけている。

 あっ、あの滑るような動き、見覚えがあるぞ。ワーロックの宿で、俺を襲ってきたヤツだ!

 

「それがお前の選択なのじゃな?」


 ルシルがゆっくり呼びかけた声には、彼女の深い悲しみが聞きとれた。

 枢機卿を抱えるように支えていた白ローブが、空いた手でそのフードを外す。

 現れたのは、見慣れた顔だった


「えっ!?」


 思わず、驚きの声を上げてしまう。

 そう、それは『剣と盾』の盗賊、カフネだった。




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