第170話 決戦の地(3)

「カフネ……どうして……」


 俺が思わず洩らした言葉には、ルシルが答えてくれた。


「見てわからぬか? あやつ、枢機卿とそういう仲になったのじゃろう」


「ルシル師匠!? でも、なんでそんな……」


「どのように出会うたかは知らぬが、あやつが教会を調べておって、どこかで枢機卿と出くわしたのじゃろうな。それからな、グレン。人が恋に落ちるのに理由などないわ」


 えーっ、でも、カフネってまだ若いのに、あんなおじさんと……。


「年齢はもちろん、場合によっては性別まで飛びこえるのが恋じゃからな」


 あいかわらず、この魔女、俺の心を読んでるとしか思えない。


「カフネ、残念だよ」


 ラディクがあんなにしょげているのは、初めて見るな。

 そういえば、カフネって勇者と同じ村の出身って言ってた気がする。


「ラディクにい、悪いけど、教会のために死んでくれ」


「この状況で、よくそんなことが言えるね?」


 ラディクが、剣を水平にぐるりと回す。

 確かに、この状況は、教会、いや、枢機卿やカフネにとって絶望的に思える。


「こんなことがあっても大丈夫なように、準備してるよ」  


 そう言うカフネの手には円筒形の魔道具があった。

 もしかして、爆裂の魔道具?

 しかし、その魔道具は、赤い煙をもくもくと吐きだしただけだった。

 なんだ、あれ?

 なんの意味があるんだろう?


 むっ、白ローブたち、何か呪文を唱えてるぞ!

 そう気づいた時、白ローブたちの数人が、宙に跳ねあげられた。

 地面が盛りあがってる?

 いや、地面に描かれた魔法陣から、なにかが出てきたんだ!

 でかっ!

 なんじゃありゃ!?


「みんな、下がって! あれはドラゴンだ!」


 ゴリアテの大盾が青白く光り、ルシルとマールが詠唱を始める。

 赤っぽい鱗に覆われた巨大なドラゴンは、いちど首を振りあげてから、それを地面すれすれまで下げると、砂煙を上げこちらへ向かってきた!

 ルシルが放つ火の玉が命中し、ドラゴンの速度が少し落ちる。

 火の玉によってウロコがはげた部分から、白い煙が昇りだす。

 マールのスキルらしい。

 急に速度を落としたドラゴンが、よろめきながらゴリアテが構える大盾にぶつかりそうになる。

 そのタイミングでゴリアテがドラゴンに突っこんだ!


 グガーンッ


 そんな音がすると、ゴリアテが俺のそばまで弾きとばされる。

 体は動いているが、すぐには立てないようだ。

 しかし、彼の行為は無駄ではなかった。

 ドラゴンが完全に足を停めたのだ。


 いつの間にか走りだした勇者ラディクの体が、一本の青い筋となる。

 その線がドラゴンと交差した瞬間、巨大なドラゴンの首が、すぽーんと上へ飛んだのだ。

 軽自動車くらいありそうな頭部が、くるくる回転しながら、落ちてくる。

 あれだと客車に直撃しないか?


「ぶっ飛べ!」

 

 とっさに右腕を伸ばし拳銃の形を作ると、ドラゴンの頭めがけてスキルを撃ちこむ。

 ダメージは二の次だ。

 

 ぼふっ!


 赤いたてがみをなびかせ、竜の頭が跳ね、白ローブたちの上に落ちた。


「ぎゃっ!

「ぐえっ!」

「があっ!」


 直撃を受けたヤツらから、そんな声が上がった。

 その時、一人の白ローブがスーッと滑るように、その首へ近づいた。

 

「カフネ!」


 ラディクのそんな声がする。

 白刃がきらめき、カフネの片腕が飛ぶ。


「ふふふ、ははは、あはははは!」


 血しぶきをあげる自分の右腕をドラゴンの頭にかざし、カフネが異様な笑い声を上げている。


「枢機卿様! 成功いたしました!」


 カフネが叫ぶ。

 草地に転がった赤いドラゴンの首から、黒い煙のようなものが噴きだす。

 なんか、とてつもなく不吉な予感がするんですけど。

 死んでいるはずの、ドラゴンの目がかっと開いた。

 そこには、禍々まがまがしく光る紅い瞳があった。



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