第167話 脱出(下)

 合流したフォーレ救出組を乗せ、馬車は西へと走りだした。

 やっとくつろげると思っていた俺は、客車の跳ねる座席でお尻を痛めつけられていた。

 くそう、これがあったか!

 ルークたち『絆』の四人がエルフの王都に残ったから、座席が空いて座れたのはよかったけど、やっぱりお尻は痛かった。

 

 走りつづけていた馬車が、やっと停まる。

 客車から出てお尻を撫でていると、そこが以前矢で殺されかけた広場だと気づいた。

 焚火場の横にある丸太に矢が刺さった穴が残っているから、それは間違いない。


「今日はここで一泊するよ」


 ラディクの言葉を聞き、俺はすかさず突っこんだ。


「ここって俺が矢で撃たれた場所ですよ!」


「そうだね」


「そうだね、って……どうしてそんなに落ちついてるんですか?!」


「十分に警戒しておけば大丈夫だよ。それに襲われるのは、ミリネじゃなくて君なんだろ?」


「ま、まあそれはそうですが……」


 俺なら襲われてもいいってことかよ!


「それより、今のうちに防御系や探知系の魔術を習っておいた方がいいんじゃないかな?」


 気軽に言ってくれるよ!

 そんなの、すぐにできるわけないじゃん!


「もう少し、ルシルとマールを信用するといいね」


 いや、そのルシルが一番怪しいんですけど!

 結局、俺の意見は聞きいれられず、この場所で野営することになった



 ◇


 いつ襲われるかもしれない。矢がいつ飛んでくるかも知れないという状況で寝られる人がいたら顔が見てみたいよ。

 月がない暗闇の中、俺はタープの下で横になり、恐怖に震えていた。

 となりでは、ガオゥンが豪快ないびきをかいている。

 夜ってどんだけ長いんだよ。早く朝がこないかなあ。

 

 疲れ果てた俺がうとうとしていると、何かの音が聞こえた気がした。

 あれは馬の足音かな?

 上半身だけ起こし、周囲を見まわす。

 白みかけた空の下、森の木々が黒々とした影をなしている。

 やっぱり、馬の足音がする。これは、遠ざかっていく音だな。


 客車の扉が開く音がして、誰かが出てくる。

 小柄なあの影は、恐らくルシルのものだ。

 俺は立ちあがり、万一の場合に備えた。


 小さな影は、その辺をうろついていたが、やがてこちらへ近づいてきた。

 俺はかぶっていた毛布を丸め、人が寝ているような形を作ると、裸足のまま頭をひくくして横へ回りこむ。

 そいつがタープテントの脇に立ったところで、その背中に右手を押しつける。


「手を挙げろ!」


 それはやはりルシルだった。


「グレン、何をしておる?」


「俺を襲おうとしたな!」


「誰がじゃ?」


「お前だよ!」


「私がお前を? 何の冗談だ」


「今、お前がここに立っているのが、その証拠だ!」


「何を馬鹿なことを! 私は、馬の足音がしたから様子を見に来ただけじゃぞ」


「なら、なんでここにいる?」

 

「馬はもう調べたからの。お前の寝顔を見に来たのじゃ」


「嘘をつけ!」


「お前、なにを興奮しておるのじゃ?」


「ここで俺が弓で撃たれたの、あれ、お前がやったんだろう!」


 心の底に溜めていたものが、思わず噴きだしてしまった。


「私は弓など撃てんよ。それより、なぜ私がお前を襲わねばならんのじゃ?」


「しらばっくれるなよ! 魔術で矢を射たんだろう!」


 その時、後ろで声がした。


「あー、グレン、君、完全に間違ってるよ」


 のんびりした声は、勇者ラディクのものだった。


「おい、どうした?」

「グレン坊、なにやってる?」

「グレン、どうしたの?」


 さすがに、これだけ騒いでいると、みんな起きてしまったようだ。

 背後からもう一度ラディクの声がする。


「グレン、良く周囲を見まわしてごらん」


 周囲を? 見まわす?  

 俺は右手でルシルの背中を狙ったまま、周囲へ視線を飛ばした。

 ガオゥン、ゴリアテ、フォーレ、マール、ラディク、キャン、セリナ、そしてミリネ。全員が揃っている。

 ん? あれ? カフネがいないぞ。


「グレン、動いてもいいな?」


 背中を向けているルシルがそう言った。

 どういうことだ? 

 



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