第166話 脱出(上)

 ミリネの母であるフォーレを救いだした俺たちは、『神樹』の牢を出発し、『北の森』を南西方向へ進んでいた。

 途中で歩けなくなったフォーレは、ガオゥンとゴリアテが交互に背負い運んでいる。

 先頭を行くカフネは、進むほどに歩く速度を上げているように思えた。


 果てしなく続く森は、同じような木立が続くばかりで、まるで同じ場所をぐるぐる回っているじゃないかって気分になる。

 体も疲れているが、精神的な疲れの方がきつくなってきた。


 小川のほとりで、何度目になるか分からない休憩をする。

 冷たく澄んだ水は、口に含むと体にまでしみこんでいくようだった。


「グレン坊、例のヤツかけてくれるか?」


 頭から水をかぶったのだろう、びしょ濡れのゴリアテがやって来る。


「ええ、いいですよ。ちょっと待ってください」


 俺は『黒竜王のローブ』を脱いでから、【浄化】の呪文を唱える。


「聖なる光よ、このものの汚れを浄化せん!」


 ゴリアテの体が光ると、キラキラしたものがたち昇った。

 濡れていた服も乾いており、おろし立てのようになっていた。 


「おう! さっぱりしたぜ! また頼むぞ」


 彼は俺の頭をぐりぐり撫でると、小川脇の岩に腰を下ろした。


「坊や、私にもあれを頼む」


 いつの間にか背後に立っていたカフネが、そう言った。


「え~と? 俺のこと子ども扱いしてる人がなにか言ったような?」


「くっ、グレン、【浄化】の魔術をかけてくれたまえ」


「うーん、誠意が感じられないなあ」


「くそう! グレン殿、どうか私を【浄化】してください」


「あらあら、可哀そうだから、キレイキレイちてあげましょうねえ、お嬢ちゃん」


「くうっ、ど、どうかお願いします」


「聖なる光よ、この幼子おさなごの汚れを浄化せん!」


「ぐふっ! あ、ありがとう」


 ふふふ、みたか、必殺技【子ども扱い返し】!

 森の中だから、こういった馬鹿なことで気晴らしするしかないんだよね。

 そして、『神樹』を出発してから七日、俺たちは、やっと森を貫く街道に到達した。


 

 ◇


 街道脇の森で野宿すること三日、やっと蹄の音が聞こえてきた。

 街道際まで出て確認していたカフネが戻ってくる。


「間違いない! ラディクにいたちだ! やっと来たぞ!」


 俺たち五人は、森から街道へ出ていく。

 白馬二頭がひく、見慣れた客車が停まった。

 ラディクたちが客車から出てくる。


「お父さん!」


 ミリネがゴリアテに駆けより、抱きついた。

 その横に、フォーレとガオゥンが立つ。


「ミリネ、あ、あのな、この二人は――」


 ゴリアテがなにか言おうとしたが、それをフォーレがさえぎった。


「ゴリアテ、そのお話は、あとでゆっくり」


 そう言うフォーレは、ゴリアテの胸に顔を擦りつけるミリネを見つめており、その目からは、涙があふれていた。

 

「ミリネ、あなた、大切にされてきたのね……」


 フォーレの近くに立っていた俺には、彼女が、そうつぶやくのが聞こえてきた。


 

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