第3部 北の森

第160話 北の森(上)

 宿に帰ると、『白兎亭』はとんでもないことになっていた。

 それはもう、めちゃくちゃどころの騒ぎではない。

 宿の中をのぞいてみると、床が抜け、お椀のような球状住宅の底が見えている。

 そこに、床材だろう木材が、山のように積みかさなっている。

 木材があちらこちら黒くなっているのは、誰かの血かもしれない。

 いったい、何が起きればここまでひどいことになるのか?


「カフネは相変わらずだなあ」


 瓦礫の山を見たラディクがそんな感想を洩らしている。

 えっ? これ、カフネがやったの?

 でも、彼女って盗賊じゃなかったっけ?

 盗賊ってこんな破壊ができるものなの?

 これじゃあ、盗賊っていうよりテロリストだよね。


「さて、別の宿を探すかな」


 そんなことを言っているラディクをめちゃくちゃ睨んでいる人がいる。

 あー、顔に包帯が巻かれているから、すぐに分からなかったけど、あれ、宿のご主人じゃないかな?

 そういえば、以前にも迷惑かけたみたいなこと言ってたもんね。

 目の前にある惨状は、もう迷惑ってレベルを越えてるけど。


 エルフの騎士が、大きな身振りでラディクに何か話かけてるけど、勇者は首を横に振るだけで相手にしてないみたい。

 やがて、諦めた騎士が彼の隣からいなくなると、手招きされた。

 悪い予感がする。


「グレン君、一つ頼めるかな」


 うわー、絶対頼まれたくないな。


「私は見張られてるからね。だから、君に『北の森』まで行ってきてほしいんだ」


「えー、それってどこでしょう?」


「ああ、ゴリアテが知ってるから、それは大丈夫。向こうでカフネと合流してね」


 あー、これ、めちゃヤバいやつだね。

 テロリストと合流して、いったいなにをしろと?


「ミリネのお母さん、フォーレを牢から出してあげてほしいんだ」


 キター! まさに無茶ぶり、牢破り!

 そんなの賢者マールの魔術で、ちょちょいのちょいと――。


「牢にちょっと厄介な仕掛けがしてあったね。普通の魔術が利かないんだよ。君のスキルってちょっと変わってるじゃない? だから、もしかしたらってね」


 ええ、ええ、俺のスキルは変わってますよ!

 なんせ、【中二病】ですから! 【ラッキーなんとか】ですから!

 なんか、腹が立ってきたぞ!


「ミリネをお母さんに会わせてあげたいと思わないかい?」


 くっ、この勇者、そこを突いてくるか!

 たちが悪いよね!

 ぜぇーったい計算づくだよね、この人?

 もしかして、この人が勇者として凄いのって、身体能力とかスキルとかじゃなくて、そういったトコなんじゃないか?


「あー、それから、『北の森』には、やっかいな魔獣がいるから気をつけてね。そのフクロウ、連れていくといいね」


 全身全霊が勇者の頼みを断れって言ってる。


「グレン、お父さんと一緒に行くんでしょ。お父さんがむちゃしないように見張っててね」


 そこでミリネからこのお願い!

 勇者め! 完全に仕組んだな!







 


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