第161話 北の森(中)
エルフの都を出てから丸一日。
ずっと森の中を歩いている。
最初は、細いながらも道らしきものがあったが、すでにそれもなくなり、延々と続く木立の中を、木の根を避けながら進んでいる。
森は次第に深くなり、まだ昼間なのに、辺りが暗い。
見上げても木々の枝がおり重り、空が見えない。
ボウボウ
ボウボウ
鳥なのか魔獣なのか分からない、なにかの鳴き声が、どこからか聞こえてくる。
「はあ、はあ、ゴリアテさん、少し休みませんか?」
前を歩く、大きな背中に話しかける。
「おいおい、もう弱音か、グレン坊。カフネたちに追いつくまでは、休まんぞ」
「そ、そんなあ……」
「安心しろ。たぶん、あと少しで追いつく」
ゴリアテが何を見てそう判断したのか知らないが、カフネがなにか印を残しているのかもしれない。
「もう、お腹が減って……」
「お、そうだったな」
ゴリアテは、広い背中に斜めに掛けた袋を降ろすと、それに手を突っこんだ。
「ほれ!」
突きだされた、野球グローブのような手には、深い赤色の玉が二つ載っている。
それは、ピンポン玉より少し小さく、完全な球形をしていた。
「なんですか、これ?」
「まあ、喰ってみろ」
ゴリアテが、その一つを自分の口へ放りこみ、旨そうに食べているのを見て、残った一つを摘まみ、口に入れる。
「おっ、なんか、甘い!」
ガムのような食感のそれは、すごく甘かった。
だけど、それは最初だけだった。
「……す、すっぱー!」
思わず叫ぶほどの酸味が襲ってきた。
ゴリアテは、表情を変えずに口をもぐつかせている。
やがて酸味が落ちつくと、ほんのりした甘さが戻ってきた。
レモンというより、梅の酸味に近い。
「お、意外にいける」
「だろう。それ一つで銀貨十枚はするんだぜ」
げっ! これって十万円もするのかよ!
「『テリル玉』って言ってな、喉の渇きを押さえ、栄養分を補える。ダンジョンじゃ、よく世話になったもんだ」
「そういえば、ルシル師匠が、『剣と盾』でダンジョンに行ったことがあるって」
「ああ、昔はあっちこっちのダンジョンを回ったもんさ。一つを除いて攻略しちまったがな」
「そういえば、倒せない敵が出たって言ってましたね」
「ああ、『不死獣』だな」
「この森にも、危険な魔獣がいるんでしょ?」
ラディクが、そんなことを言っていたはずだ。
「ぴゅうぴゅう!」
肩にとまっているピュウが、何かを警戒するように鳴いた。
「ちっ、しばらく止まってたからな。こっちに勘づきやがったか!」
カサカサカサ
落ち葉を鳴らす音がする。
「ついてたな! 一匹だけのようだ」
木々の間から現れたのは、手のひらに載るほどの、ピンク色のスライムだった。
落ち葉の上で、ぴょんぴょん跳ねている。
なんだか、かわいい。
どうやら、怖い魔獣ではなかったようだ。
これ、ペットにできないかな?
「油断するな! 一瞬で喰われるぞ!」
えっ!?
このスライムが、「危険な魔獣」?
「ぴゅぴゅぴゅぴゅ!」
ピュウが、さかんに声を上げる。
やっぱり、コイツって危険なの?
ピンクのスライムは、五メートルくらいのところまで近づくと、そこで止まった。
なんか、プルプルしてるんですけど。
ホントにこんなのが危険なの?
ポンッ
シャンペンの栓を抜くような音がすると、紅色が目の前に広がっていた。
「避けろ!」
右肩の辺りを突きとばされ、落ち葉の上に転がる。
見上げると、宙を舞うピュウの姿と、さっきまで俺がいた場所を覆う、巨大な紅い何かがいた。
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