第158話 女王との謁見(下)
心臓に悪い玉座の間での謁見が終わると、俺たちは別室まで案内された。
丸いテーブルが何脚か用意された部屋で、その上にカトラリーらしきものが並べられているのを見ても、食事をするための部屋だろう。
侍従っぽい男性エルフに一つのテーブルまで導かれる。
そのテーブルは、中央に置かれた、一つだけ大きなもので、一つ空いた席の後ろには、銀の鎧を着けた騎士が二人立っていた。
俺の右側にはラディク、左側にはミリネが座り、向かいが空席だった。
他の仲間たちも、それぞれがテーブルに着いた。
やがて、奥の扉が開き、そこから黒いドレスに着替えた女王陛下が現れた。
後ろに二人の騎士を従え、ゆっくりこちらへ--近づいてくる。
彼女は、あろうことか、俺が座るテーブルに着いた。
女王についてきた騎士の片方は、去る時、俺の方をこれでもかというくらい睨みつけていた。
座りたくてここに座ったんじゃないから! むしろ、席を替わってほしいから!
女王陛下が正面の席って、なんの拷問だよ、まったく。
俺の苦難は、それで終わらなかった。
目の前には、ナイフやフォークの役割をするらしい、カトラリーの数々が、ずらりと並び使われるのを待っている。
女王陛下の言葉で食事が始まったが、俺はそんなもの聞いてなかった。
これ、どれから使うんだろう?
あ、ラディクのマネをすればいいのか……って、ヤツは半分手づかみで食べてるな。参考にならない。
しょうがないから、ミリネのマネをしよう。女王様の方は、見るのも恐ろしい。
出てくる料理は、懐石料理のフルコースって感じで、皿の上に少量だけ載った料理をちまちま食べる形式だった。
慣れないナイフっぽいの、フォークっぽいのが使いにくいのもあって、イライラがつのる。
しかも、この料理、素材を活かすというコンセプトはいいけど、ほぼ、原形のまま野菜を出してるだけじゃん。肉ないし。もう一度言おう、肉ないし。
そういえば、懐に街で買った饅頭があったな?
あれ食べちゃいけない?
そんなことを考えてると、ミリネに睨まれた。もしかして、ルシル師匠譲りの勘っていうやつですか!?
「ラディク、その黒髪の少年を紹介してくれるかな?」
女王様ー! なんでそんなこと言うかな!
「ああ、彼はグレンって言って、ルシルの弟子ですよ」
「ほう! 『魔女』の弟子か! 魔術師のようには見えぬが」
あー、その目、見下したようなその目には、すごーく見覚えがあるぞ。
「まだ、修行を始めたばかりですよ」
「そちらの娘も紹介してくれんか?」
そうそう、注目するなら、ミリネに……って、これ、まずくないか!?
この女王って、ミリネの叔母だよね、しかも以前、彼女の命を狙ったらしいし。
「こちらは、ミリネです。ゴリアテの娘ですよ」
「ゴリアテ殿は、獣人の奥方をもらったのか?」
「いや、その辺は、俺も詳しく聞いてないんです。親しき仲にも礼儀ありですよ」
おー、そのことわざ、この世界にもあるのね。だけど、その言い訳、苦しくないか?
「まあ、よかろう。この国にはどのくらい滞在するつもりだ?」
「ええと、まだはっきり決めてませんが、十日くらいですかね」
「そうか。それなら、また城へ顔を出してくれ。顔は見えぬが、お仲間が他に二人いるであろう? それから、まさか北部には行かまいな?」
「ははは、北部には見るものがありませんからね。例の魔獣も面倒だし。そんな場所、まっぴらごめんですよ」
「まあ、そうだな。それを聞いて安心した。その方らは、かつて例の件で調べられておるからな。騎士の中には、元気があり余っておる者も少なくない。くれぐれも、そやつらを刺激せぬことだ」
「ご忠告痛みいります」
女王陛下が席を立ったので、食事と言うか、精神的拷問からやっと解放された。
油断した俺は、立とうとして何かを踏んづけてしまった。
足元を見ると、そこにはキラキラした黒い布が……。
かがんでよく見ると、これって、女王陛下のドレス?
「きゃっ!」
頭の上から、そんな声が聞こえてくると同時に、顔にふわふわしたものが当たる。
むぐ、息が苦しい!
「キサマ!」
肩を強くつかまれ、後ろへぐいと引かれる。
そこには、胸を押さえた女王様が!
えっ、さっきのふわふわって陛下の……?
「おい、キサマ! 聞こえんのか!」
あー、エルフの騎士が、鬼のような顔してにらんでるよ!
「グレン君は、大胆だねえ!」
こらっ! そこの勇者! なんてこと言ってくれるんだ!
パーン!
めちゃいい音したー! 大丈夫か俺の頬っぺた?
ですよねー、ミリネすぐ横にいたから、これは叩かれますよね。
それより、あの新しいスキルって【ラッキースケベ】って言うより、【アンラッキースケベ】じゃないのか?
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