第155話 ゴロニャンとラッキーなんとか

 エルフの球状住宅は、見かけよりずっと居心地がよかった。

 壁や床をなすパイプのような枝は、一見すると柔らかい素材だが、手で触れてみると固いけれどなぜか暖かい。落ちついた深茶色の部屋は、そこにいるだけで心が休まるものだった。

 ベッドは、長めの揺りかごといった形で、何かの繊維を編んで作ってあった。横になると、舟底で空を見あげているような気分になる。


 灯りは、ロウソクでなかった。荒く編みこまれた筒に入れられた、ふわふわした綿のようなものが鈍く光を放っている。

 日本の灯りに慣れた俺の目には、とても暗く感じられたが、蛍の光を思わせるそれに、なぜか懐かしさをかき立てられた。


「グレン、その明かりが気に入ったの?」


 姉のセリナと二人、俺と同室になったキャンが、話しかけてきた。

 そういえば、キャンがこうやって普通に話かけてきたのは、初めての気がする。


「うん、ちょっと故郷を思いだしてた」


「故郷ってどこ?」


「……そうだね、とても遠いところかな」


 きっと、もう帰ることはできないだろう。

 唐突に、今まで感じてこなかった寂しさが押しよせてきた。


「そこで、何か悲しいことでもあったの?」


「……いや、そういうわけじゃないよ。気にしないで」


「あのね、あの……グレン、ごめんなさい!」


「いきなりどうしたの、キャン?」


「ずっとダマしてて……」


 スパイしていたのがバレてから、しばらくたつのに、キャンはずっと気に病んでいたのだろう。


「気にしなくていいよ。君はお姉さんを守ろうとして、仕方なく『夜明けの光』に協力してたんだろ?」


「それはそうだけど……」


「本当に、もう気にしてないから」


「あ、ありがとう」


「じゃあ、寝るかな?」


 俺が「ゆりかご」から降り、服を着替えようとすると、キャンがすぐ側まで寄ってきた。


「グレン、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」


「なに?」


「もう一度、ここに横になってくれる?」


「え、それはいいけど」 


 俺は黒いコートを脱ごうとした。

 

「待って! それは着たままにしておいて」


「でも、寝る時は着替えないと」


「少しの間だけでいいから、お願いです」


 なぜか、キャンは三角耳がついた頭を下げている。

 うしろで尻尾しっぽがぶんぶん振られている。

 どういうことだろう?


「まあいいけど……」


 再び、「ゆりかご」に横たわる。

 お腹の辺りを何かに押さえつけられる。

 

「えっ!?」


 視線を降ろすと、キャンが俺のお腹に頭をつけて……ごろニャンしている。


「ええっ!?」


 いつの間にか、「ゆりかご」の反対側にセリナが来ていて、俺の太腿辺りに頭を擦りつけている。

 そこ、なんか近い!

 危ないですから!

 部屋のなかに、二人がごろごろと喉を鳴らす音が響く。


「グレン! あんた、なにしてるの!」


 叫び声の方を見ると、部屋の入り口の扉を開け、ミリネが立っていた。

 なんだか、凄く怖い顔してる!

 激怒?


「ミリネも一緒にやるにゃ」


 キャンがそんなことを言うと、ミリネがつかつか近づいてきて俺の枕元に立った。


「このスケベ!」


 パーン!


 今、すっごくいい音がしたよね。鳴ったの俺の頬っぺただけど。


「キャン、セリナ! あなたたち、別の部屋に移るわよ!」


 ミリネが、キャンとセリナの手を取り、彼女たちを引きずるように部屋から出ていく。

 上半身をいったん起こしていた俺は、なんだか気が抜けて、ぱたりと「ゆりかご」へ倒れこんだ。

 なんだか納得できなくて、ついステータスを呼びだしてみる。



************************


名前:クロダグレン

年齢:17

レベル:151

職業:無し

犯罪歴:無し

装備:【黒竜王のコート】

スキル:【言語理解】、【言語伝達】


ユニークスキル:【中二病(w)】(レベル9)

  派生スキル:【ファッション(虚)】(レベル4)→

  派生スキル:【ポーズ(痛)】(レベル5)→

  派生スキル:【ラッキースケベ】(レベル1)


称号:竜の子

   山を喰らいし者

   海を割りし者


************************


 ふんふん、少し上がってるなあ。

 おお! 誕生日来たのか? 俺、十七才になってるじゃん! 

 あれ? 装備名【黒竜王のコート】ってなってる! なんかすげー! 名前つけたら表示が変わったよ。 

 ……って、そんな場合じゃない!


 なんだ、この派生スキル!

 いくらなんでも、【ラッキースケベ】はナイだろう!

 なんでこんなことに!?

 あ、さっきのごろニャンか?


 それでも、ナイわー! スキル欄に【ラッキースケベ】って、ナイわー!

 せめて称号だろう、それ!

 全中二病が泣くぞ!

 誰のステータスだ、これ!

 え!? 俺の!? ……どうもすんません。

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