第153話 野営地で(下)

 あんなことがあった後なので、寝られないと思っていたが、ここのところ十分な睡眠がとれていなかったせいか、天幕の下で横になると、すぐに眠ってしまった。

 目が覚めると、みんなが焚火の周囲に集まっていた。

 夜明けに雨が降ったのか、地面が濡れている。

 俺も、みんなの輪に加わった。


「この角度だと、あそこの木立から狙ったのだろう」


 マールが、ベンチ代わりに横たえてある丸太を杖の先でさしている。

 そこには、矢が突きささっていた。

 その位置が、丸太のやや右よりであるのを見て、俺の背筋を冷たいものが走った。

 なぜなら、それはまさに俺が昨日座っていた場所だったからだ。

 ミリネに押され後ろに倒れなかったら、矢は俺の体を射抜いていただろう。


 ゴリアテが、なめし皮のようなものを矢羽にかぶせ、矢を丸太から引きぬく。

 矢の先端四分の一ほどが、丸太に食いこんでいた。

 マールが持つ杖の先端が光り、それが尖ったやじりに近づく。以前にも見たけど、あれは【鑑定】の魔術だな。


「うぬ、毒が塗ってあるの。しかも、解毒されにくい遅効性のものだのう。ご丁寧に、呪いの類も重ねがけされておる。これは、ずいぶんよく考えられたものだな」


 えーっ! なにそれ!? 怖い!


「マールさん、どうしてよく考えられたものなんですか? 即死する毒の方が有効なんじゃないですか?」


 ルーク! 恐ろしいこと言わないでよ! 狙われたの俺だよ!


「もし、誰かが毒で動けなくなれば、その者を治療し、移動させ、守るのに人手がとられるであろう? そうなれば、戦力が減るからのう」


 さすが賢者、ってそれどころじゃないよ、これ!


「なるほど! 確かに、よく考えられてますね」


 他人事だと思って、ルークは好き放題言ってるな。

 

「カフネ、ちょっと弓を貸してもらえるかな」


 ラディクがカフネの方に手を伸ばす。

 カフネは、背負っている小型の弓を背中から外し、ラディクに手渡した。

 ゴリアテから先ほどの矢を受けとったラディクは、弓に矢をつがえ、それが刺さっていた丸太目がけ射る格好をした。


「どうやら、使われたのは、短弓ではなく長弓のようだね」


「どうしてそんなことが分かるんです?」


 俺は弓に詳しくないから、納得できなくて訊いてみた。


「グレン君、ほら、これで矢を射てごらん」


 ラディクが、手にした弓と矢を、俺に渡してくる。

 弓など、縁日の射的でしかやったことないが、なんとかなるだろうか?

 それより、この矢って、毒とか呪いとかついてるんじゃないの?


やじりに触れると危ないから、気をつけてね」


 おい! なんてモノ渡してんだよ、この勇者!

 あれ? なんか変な感じだ。弓と矢が合ってないのかな?

 

「分かるかい? その矢は、長弓用のものなんだ。もっと太い弦に合うように作られている」


 なるほど、そういうことか。

 そういえば、このメンバーではリンダも弓を使うけれど、彼女が使っているのも、小型のやつだったよね。

 

「矢の刺さり方から見て、敵はかなり弓の扱いに慣れてるみたいだね。これは、やっかいなことになった」


 ラディクは、言ってることの割に、あっけらかんとした顔をしている。

 そういえば、弓が得意なのってエルフだよね。

 国境の関所でも、エルフの衛士が長い弓を持ってた気がする。

 となると、容疑者はエルフ?

 俺の頭には、一行の中で唯一エルフである人物が浮かんでいた。

 ルシルだ。





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