第151話 野営地で(上)

 馬車は、エルフ国への入り口である『西の関』から半日走り、道の脇にある広場で停まった。

 

「マールさん、お願いできますか?」


「ほっほっほ! グレン坊は、我慢が足りぬのう」


 賢者が持つ杖が白く輝き、俺の腰に触れる。

 お尻の痛みが、すうっと引いていった。


「このまま調子だと、お尻の病気になっちゃうよ!」


 立ったままの俺に、ルシルが馬鹿にしたような目を向ける。


「お前、愚痴ばかりじゃな」


 いや、俺だけ床に座ってましたから!

 絶対、俺、悪くないから!


「ミリネ、ちょっと来い」


 焚火スペースを囲むように、丸太を横にしただけのベンチが三つあり、その一つでゴリアテと一緒に座っていたミリネが、ルシルが座る丸太へ来る。


「前に教えた【索敵】の呪文は覚えておるな?」


「はい、先生。敵意ある存在を探知する魔術ですね?」


「そうじゃ。ここから先は、いつ何があるか分からん。じじいと私の魔力はできるだけ温存しておきたいのじゃ。お前、夜の間、【索敵】で不寝番してくれぬか?」


「はい、分かりました」


「グレン」


「へっ?」


「間抜けな声を出しおって。お前は、一晩中起きて、ミリネを守れ。例のコートを着るのじゃぞ」


「は、はい」


 ルシルが『黒竜王のローブ』を着ろってことは、かなりやばい何かが襲ってくるかもしれないってことだな。

 こりゃ、油断できないぞ。


「まあ、せいぜいがんばれ」


 ルシルは最後にそう言うと、向こうへ行けといわんばかりに、手をひらひらと振った。



 ◇


 夕食は、カフネが作った具沢山のシチューだった。

 

「うまっ!」


 思わず声を上げるほど美味しい。

 丸太のベンチに座ったみんなも、夢中で食べている。

 俺は、三回もお替りした。


「カフネ、料理が上手くなったね」


「ええ? そうかなあ」


 ラディクに褒められ、モジモジするカフネを、ルシルが睨みつけているのに気づいた。

 いやあ、女性の嫉妬って怖いですねえ。


「グレン、何を見ておる?」


 こちらをチラリとも見ないで、ルシルがそう言った。


「いえ、別に」


 えーっ、何で気がつくの?

 これも【索敵】って魔術なの?

 魔女、恐るべし。



 ◇


 食事が終わり、みんなが寝る準備に入る。

 ルーク、ゴリアテ、ガオゥン、キャン、セリナの五人は、タープテントの下で寝る。

 王女イニスとルシルは前部客室、後部客室は、ラディク、マール、カフネ、コルテス、リンダが使う。


 不寝番のミリネと俺は、毛皮の敷物と毛布を与えられ、食事で利用した焚火脇の丸太ベンチに座っている。

 そして、ガオゥンもミリネの隣に座った。


「あのう、ガオゥン様、どうか寝てください」


 ミリネに言われても、彼は黙ったまま動こうとしない。

 

「明日にさしつかえますから寝てください!」


 彼女の口調が次第に強くなる。

 大きな猫男は、やっと腰をあげると、覚束ない足取りでタープテントの下へ転げこんだ。


「もう、あの人、なんかしつこい!」


 不機嫌なミリネに、「ガオゥンが君のお父さんだ」と思わず言いたくなるが、ゴリアテさんの手前もあるし、これは俺が教えていいことじゃないよな。

 


 

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