第150話 西の関

 エルフ国は、エルフ族を唯一とする排他主義を取っている。鎖国まではしていないが、国への出入り口は限られており、もし他の場所から密入国しようとすれば、魔獣の徘徊する広大な森を進まなければならない。そうなると、昼間はまだしも、暗くなれば、どこから魔獣が襲ってくるか分からない。頭上から狙われるかもしれないのだ。

 そのため、決められた関所以外からの入国は、事実上不可能となっている。


 大森林の西側唯一の入り口は、『西のせき』だ。

 馬車二台がぎりぎりすれ違える幅の門は、間伐材を並べただけの簡単な柵に続いている。 



 ◇


 なだらかな丘陵地帯を抜けると、草原の向こうに見渡す限り森が広がっていた。

 そして、道が森につき当たる場所に、大きな門があった。

 俺たちの馬車は、丸太を組みあわせて造った、この門の前で停まった。

 門の所にいた、衛兵だろう五六人の男たちが、こちらへ近づいてくる。

 ベレー帽のような茶色の帽子から突きだした耳は、確かにエルフのものだった。

 いつでも矢を射られるよう弓を斜め下に構え、その中の一人が声をかけてきた。


「ここからは『森の国』だ! 許可証が無い者は入れんぞ!」


 見かけより貫禄のある声でそう言ったエルフは、緑髪の間からにらみつけるような目で、御者台に座るゴリアテと俺を見上げている。

 ゴリアテは、両手を挙げるといつもの大声で答えた。


「許可証は持っている」


 エルフはそれを聞いて驚いた顔をした。


「こんにちは! お仕事ご苦労さま」


 いつの間にか客車から降りていたラディクが、御者席の左側を通りながら、爽やかな声でそう言った。 

 彼は、懐から金色のカードを出し、それを上に掲げた。

 ああ、あれ、俺のと色は違うけど、冒険者カードだな。


「き、金ランク冒険者!」


 よほど驚いたのか、エルフの男が少し後ずさった。

 しばし呆然としていた男が、ハッと何かに気づいたように、右手を弓から離した。

 背後で弓とワンドを手にしていたエルフたちも、ばつが悪そうにそれをかたづけている。


「開門!」


 男たちの一人が門に向かって叫ぶと、木の大きな扉が二枚に分かれ、内側へ開いた。


 門を通り過ぎ、背後を振りむくと、すでに門が閉まるところだった。

 その隙間から見えていた緑の草原が扉によって完全に隠されると、なぜか不安な気持ちがこみあげてきた。

 馬車を少し走らせると、ゴリアテは道のまん中で手綱を引き、停車させた。

 

「グレン、嬢ちゃんを呼んできてくれ」


 その言葉に従い、客車に乗りこむと、ルシルが前室から出てくるところだった。

 

「グレン、お前はここで大人しくしていろ」


 彼女はそう言うと、客車から出ていった。

 再び馬車が動きだす。ルシルは御者席に座ったのだろう。

 問題は、客室のベンチに俺の座るスペースがないことだ。

 立ったままでいるわけにもいかず、俺は客室後ろの壁に背を持たせ、胡坐を組んだ。

 そうなると、やっぱり、お尻が痛いんだよね。

 


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