第6章 森の国

第1部 エルフの国へ

第149話 女王の思惑

 エルフが住む『森の国』は、広大な森林地帯がそのまま国土をなしている。

 木々を神聖視する彼らは、伐採や開墾はほとんど行わず、森の恵みを最大限に生かして生活している。


 人族がおこなう農耕とくらべ、土地表面での収穫量はわずかなものだが、森林を立体的に利用することで、その不足分を補っている。例えば、地面の下では地下茎を伸ばす植物、地表では複数の穀類や薬草、中層では、茎や葉、実が食用に適した蔓、上層では木々そのものの実や葉、そういったものを採集、保存することで生活に必要なものをまかなっているのだ。


 そして、住民がいつ何をどのくらい採集するかも厳密に決められており、一種の植物を採りつくすことがない。廃棄されるゴミは、処理を施され、木々の周囲にまかれ、イモ類、穀類、薬草、木々の栄養となる。

 

 森の中で生きる彼らは、ほぼ菜食で、肉類を口にすることはめったにない。人族に比べ寿命がとても長いかわりに子供の数は少なく、生まれた子は、両親はもちろんその地区の共同体で大切に育てられる。


 住居には生育の早いツタ植物を利用する。木々の間にこの植物の種をまき、それが伸びるにしたがって、複数のツルをより合わせ、あるいは木に巻きつかせ、形を整えていく。このツタは、成長すると枯れてしまうのだが、ある種の樹液を塗ることで硬化し、住居に十分な強度となる。これを骨組みとして、各種干し草で壁や床を作る。でき上った「家」は球状で、大きな鳥の巣といった外観だ。 

 

 大森林の一角に数多くの球状住宅が集まっている場所がある。

 ここが『森の国』の首都である『ドレステイヤ』だ。

 そして、その中で偉容を誇っているのが、王城『ドレスタ』で、天を突く巨大な四本の木を柱として、その間に張りめぐらされた黒褐色のツタ植物が複雑な紋様をつくりだすとともに、城壁として機能している。植物だけで造られているのに、まるで金属のような光沢があり、その硬さも見かけ通りだ。



 ◇


 五層をなす王城の最上階、王の居室で緑髪の美しいエルフ女性が部下からの報告を受けていた。エメラルド色のドレスを着た彼女は揺りかごを思わせる椅子に体を預けたまま、少し離れたところで片膝を着いた老齢のエルフを、気だるそうに見下ろしている。明りとりの窓から差しこむ午後の光が、その白い横顔を浮きたたせていた。


「陛下、元獣王が、幽閉されていた城から脱走いたしました」


 老エルフの言葉を聞き、エルフの女王が上半身をぱっと起こす。


「なんだと! 彼がそのような行動に出るはずが……! もしや、例の娘にかかわることか?」

 

「はっ、仰せの通りでございます。何らかの理由で、かの娘を教会が追っているようです」


「教会だと? ならば、そうたやすく逃げられると思えぬが……」


「勇者パーティ『剣と盾』が娘を護衛しているとのことです」


「なんだと! あやつらめ! ここに来て、またも要らぬことをしてくれるわ!」


 バシッ


 女王の白い手に握られている、鳥の羽根を束ねた青い扇が、揺りかご型の椅子に叩きつけられる。

 青い羽根の一部がちぎれ、それがふわふわと宙を漂った。


「フォーレの方に動きはないな?」


「はっ、面会などの申し出は、どこからも来ておりません」


「ナターレ、牢の見張りを強化しろ。それから勇者の狙いを探るのだ」


 女王の声は、すでに落ちついていたが、そこには有無をいわせぬ権威があった。

 

「はっ、畏まりました」


 老エルフは片膝をついたまま頭を下げると、優雅な動作で部屋から出ていった。

 

「あやつめも信用はできぬ。矢は複数射ておくか。これは、あのむすめを消すよい機会かもしれぬな」


 美しいエルフの女王リューレは、青い扇で隠した口の端を吊りあげ、唇で薄い三日月の形をつくった。

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