第148話 旅の目的地

 その日、昼過ぎに『翡翠ひすい亭』を出発した勇者一行は、以前、街に入る時通った門を抜け、ワーロックを後にした。

 結局、ルークとリンダも同行を希望したので、客車には、かなりの人数が乗ることになった。


 まず、『剣と盾』の五人。

 そして、『絆』の四人。

 ミリネ、キャンとセリナ、俺の四人。

 これに二人分の座席を占める、前獣王ガオゥンまでいるわけだから、広い客車も狭くなろうかというものだ。

 

 結局、『剣と盾』は、客車の前室に移った。見せてもらったが、前室は部屋自体がベッドとなっており、しかも、そのクッションが凄かった。トランポリンできるんじゃないのか、あれ。

 

 そして、いつもの客室は、残りの八人が使う事になったが、これ、八人乗りなんだよね。

 えっ? なら問題ないだろう?

 いや、よく考えてよ。ガオゥンのおっちゃん、二人分のスペースつかうんだよ。

 つまり、一人座席が足りないってこと。

 となると、座れないのは、どうみても俺だよね。


 結局、俺は御者席の左側に座ることになったんだけど、すでにあのゴリアテが座ってるんだよ。

 もう、きつきつのきゅうきゅうだよ。

 ゴリアテが動くたび、腕やひじが俺に当たって痛いのなんの。


「グレン、旅はどうだ?」


 この状況で、そんなこときかれてもねえ。


「旅って痛いものなんですね」


「がははは! 面白いヤツだな、坊主は!」


 痛い、痛い! 大きな手で、頭をグリグリするのやめてくれ!

 それ、ほぼアイアンクローだから。



 ◇


 馬車は、なだらかな丘をうねるように進む。草の香りがする風は、爽やかだった。

 これで、お尻が痛くさえなければねえ。


「ゴリアテさん、よくお尻が痛くないですね」


 隣で手綱を握る、筋肉の塊に話しかける。


「グレン坊、ほれ、よく見てみろ」


 ゴリアテが、彼の腰の辺りを指さすので、のぞきこむと……。


「えっ!? ずっとそんな格好で運転してるんですか!?」


 ゴリアテの腰は、御者席から少し浮いていた。


「いや、路面の状態がいいと、時々は腰かけてるぞ」


 えーっ、ずっとスクワット状態?

 あり得ないー!

 よく筋力がもつなあ。

 人間じゃないね、この人。


「ああ、そうだ。目的地ってまだ聞いてないんですけど?」


「ん? そうだったか? 目的地は『森の国』だぞ」


「えっ!? それってエルフの国ですよね?」


「そりゃそうだが?」


「ミリネがそんなところへ行って大丈夫なんですか?」


「そうだなあ。まあ、大丈夫だろう。今は、彼女の助けも欲しいしな」


「彼女?」

 

「フォーレのことだ。ルシルから聞いたんだろ? ミリネの母親だ」


「ああ、第一王女の事ですね?」


「ま、今はもう違うがな」


「そういえば、女王は、なぜミリネの母親を生かしたまたにしてるんですか?」


 内容が内容なので、声をひそめて聞いてみた。


「一つは、やはり殺したくないのだろう」


「ええーっ!? 生まれてすぐのミリネを殺そうとしたのに?」


「信じないだろうが、あの姉妹は、とても仲が良かったんだ」


「……」


「じゃあ、なんで現女王は姉を牢に入れたり、彼女の子供を狙ったりしたんですか?」


 ゴリアテの答えは、思いもよらぬものだった。


「愛だな」


「……愛?」


「驚いてるな、グレン坊? 覚えとけ。強い愛情は、執着と見わけがつかないことがあるんだ」


「……」 


 珍しく饒舌なところを見せた大男は、手綱を腕に巻きつけなおすと、前方をにらみつけるように見ていた。




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