第137話 獣人の王子とエルフの王女(下)

 ルシルの話は続いた。


「エルフの少女は、獣人の少年を猟師小屋にかくまった。なぜなら、彼女の母親が治める『森の国』は、獣人が住むのを許してはいなかったからだ。幸い、少年を目にしたのは、彼女に近しい者たちだけだった。彼らに強く口止めし、少女は少年の看病を続けた。初めて目にした獣人は、彼女の興味をひいたのだ」


 俺はテンポのいいルシルの語りに、知らず知らずのうちにひき込まれていた。


「少女のお陰もあって、少年はやがて元気になり、獣人の国へと帰っていった。その後、獣人の皇太子は、機会あるごとに森を訪れ、エルフの少女と時間を過ごした。やがて二人が成長すると、二人が出会う猟師小屋は愛の巣へと変わっていた」


 ルシルは目を閉じ、しばらく黙ったのち、目を開くとまた話しはじめた。


「ところが、とうとう二人の仲がエルフの女王に知られてしまう。軽蔑すべき獣人とよしみを結んだ娘を、彼女は大木のウロに幽閉した。しかし、その時すでに、王女のお腹には獣人の皇太子との愛の結晶が宿っていた。王女が幽閉された場所を管理する兵士たちは、当然それを女王に報告しようとした。その報告を第二王女が握りつぶす。彼女は好意からそうしたわけではない。姉の弱みを握る狙いがあったのだ」


 何か物音が聞こえたのか、ルシルはキョロキョロ周囲をうかがっていたが、やがてまた話しはじめた。


「間もなく女王が病に倒れた。彼女は死の床で、二つの勅命を下す。それは、王女を牢から解放することと、彼女を後継ぎとすることだった。第二王女は、満を持して自分のカードを切った。彼女は、幽閉中の王女に、赤子の命を助けるかわりに、王位を諦めることを要求した。母親である女王が死にかけていることも、彼女が出した勅命も聞かされていない王女は、牢の中で手紙を書き、それを妹の第二王女に託した。王位を継ぐつもりがないと書かれた王女からの手紙を受けとり、エルフの女王は失意のうちに命を終えた」


 ルシルはそこで話を止めたが、先が聞きたい俺は、彼女を急かした。


「その後、どうなったんです?」


「……第二王女は、約束を守らなかったのじゃ。彼女は手の者に命じ、牢から赤子だけ連れだし殺そうとした。その赤子を救ったのが、『剣と盾』じゃ」


「まさか、偶然通りかかったなんて言いませんよね」


「ああ、偶然ではない。我らは、王女とちょっとした知りあいでな。幽閉されていると知って、すぐにマールが彼女の元を訪れた。そして、女王の最期の願いについても伝えることができたのじゃ。もし、牢から出ても、我が子は幸せになるまい。いや、殺されるやもしれん。そう考えた王女が、親しかったゴリアテに赤子を託したのじゃ」


「そうでしたか」


「第二王女、いや、この時、すでに女王じゃったな。彼女は、部下に命じて赤子を追わせようとしたのじゃが、王女は牢から出ぬことを条件に、赤子に手を出さぬよう女王に約束させたのじゃ」


「だけど、そんなとんでもない女王なら、どうして姉を生かしておいたんです?」


「ふふふ、気になるか? まあ、その辺はおいおい分かるじゃろう。そろそろ、見張りの交代ではないか? ラディクとミリネを起こしてくれ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る