第134話 王都脱出(上)

 客車の窓から見える風景は、木々だけとなってきた。

 馬車は、深い森の中を進んでいる。 


「これ、来た道と違いますよね?」


「グレン坊でも気がついたかの。

 王都に入るとき、ワシらが通ったのは南の大門、これから向かうのは北の大門でな。

 人の出入りがない門だよ」


「へえ……」


 マールが説明してくれたが、よく分からない。

 人の出入りがないなら、俺たちも通れないんじゃないのか?


「そうだ、そういえば、ガオゥンさんがいたお城って、なんか小さくありませんでした?」


 俺はマールに尋ねたのだが、答えたのは、ルシルだった。


「お前は、ほんと抜けとるのう。なんで、もっと早く気づかないんじゃ?」


 いや、気づいてましたよ!

 尋ねるきっかけがなかっただけで。


「ここは、以前、ドワーフの国だったのじゃ。そこを攻め滅ぼしたのが、獣人国じゃ。当時、王都は、『フギャウン』という名じゃった」


「国名と同じですね」


「うむ、王都は、その時の王名を冠するのが習わしじゃからな」


「なるほど」


「ガオゥンがおった城は、かつてドワーフの王城でな。だから、建物の造りが小さかったのじゃよ」


 やっぱり、ドワーフって体が小さいんだね。


「じゃあ、キャンは、そのドワーフと関係があるんですか?」


「いや、ケットシーラ族は、猫人族と妖精族の混血だと言われている」


 おお!

 妖精!

 妖精さんがいるのか、この世界!


「お前が誤解せぬよう教えておくが、妖精と妖精族は別モノじゃぞ。妖精は精霊の下位種族じゃが、妖精族は人族の一種じゃな」


 じゃあ、キャンは妖精じゃないってことだね。


「う、うう……」


 あ、白ローブの少女が目を覚ましたようだね。

 キャンとそっくりだから、この人もケットシーラ族なんだろうね。


「マール、頼むよ」


 ラディクの言葉で、マールが席を立ち、ベンチシートに横たわる少女に屈みこむ。

 白くて長い木の杖を、彼女の体に沿って動かしていく。杖の先は、頭の辺りで、何度も円を描いた。


「ふう、これは危険な術を掛けられとるな」


 珍しく真剣なマールの声に、ルシルが反応する。


「じじい、まさか洗脳魔術じゃなかろうな?」


「嬢ちゃんの言うとおりだの。しかも、かなり強いヤツだのう。恐らくは、イポローク王国起源の禁術と見た」

 

「なんたることじゃ! 魔術師の風上にも置けぬわ!」


 ルシルが、顔をまっ赤にして怒っている。


「マール、なんとかなりそうかな?」


 ラディクも、心配そうに少女をのぞきこんでいる。


「うむ、やってみよう」


 いつもは呪文を詠唱しないマールが、かなり長い間、ブツブツ何かを唱えていた。

 彼が持つ白い杖の先が、白く光りだす。

 マールはそれを、横たわる少女の頭に近づけた。


「ぎゃああああっ!」


 少女が、手足をふり乱し暴れだす。

 その口から洩れる声は、人のものというよりも獣のそれに近かった。


「お姉ちゃん、どうしたの!? しっかりして!」


 白ローブの少女にしがみつくキャンの頭に、ルシルの手が触れる。

 キャンは体の力がカクンの抜け、床へ崩れおちかけた。

 ラディクが、それをさっと片腕で受けとめる。

 彼は、クッションを一つ床に置くと、そこへキャンの頭を載せ、彼女の身体を横たえた。


 叫び声を上げていた白ローブの少女は、やがて静かになった。

 穏やかな顔で寝息を立てている。

 マールの顔には、びっしり汗が浮いていた。


「この娘が抵抗したのを、無理やり洗脳したのじゃろう。ひどいことをするのう」


 それは、俺が初めて聞いた、マールの冷たい声だった。



 

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