第130話 狙われた勇者たち(下)

 獣人の都にある長い壁に囲まれたその区画は非常に広く、王城そのものを成す小高い丘のほか、森や岩山があった。

 都に入ってきた大きな門から見て、都の中央にある王城を越えた反対側の地域を、俺たちが乗る馬車は走っている。

 窓から見える景色には、森はもちろんのこと、湖や川まであった。

 

 なぜかこの辺りには人家がほとんど見られない。時々、木々に覆われた廃墟のようなものが通りすぎていく。

 あの長い壁でこんな場所まで囲うなんて、なんの意味があるんだろうか。

 なんか謎が多いんだよね、この国。


 路面の状態が悪くなってきたのか、馬車がスピードを落とした。

 道には舗装されておらず、ところどころ草が生えていた。

 

「見えてきたぞ!」


 御者席から、ゴリアテの太い声がする。

 窓から前方を見ると、お城の尖塔らしきものが森の中から突きだしている。

 遠目でも鮮やかな青と白が確かめられるそれは、獣王が住むごつごつした岩の要塞より、よほどお城らしかった。


「綺麗な――おわっ!」


 突然馬車が停まり、前に座るマールに突っこみそうになる。


「やれやれ、ここで来たか」


 ラディクがそんなことを言いながら立ちあがる。

 彼の左手には、鞘入りの剣が握られていた。

 彼に続き、マールやルシルも、機敏に客車から降りる。

 危険を感じたのか、キャンが俺にすがりつき、窓から外を見ている。

 

「よーし、来いよ!」


 前方から、ゴリアテの声がする。大盾を構え、魔術を防いでるのかもしれない。

 

「がっ!」

「ぐっ!」

「ごっ!」 


 声とも悲鳴とも分からないものが聞こえてくるたび、キャンの体がビクリと震える。

 

 ガサリ


 窓から見える木の繁みが揺れると、白いものがそこから跳びだしてきた。

 それは白い仮面、白いローブを着けた人物で、ワンドでまっ直ぐこちらを狙っている。


「ぶっ飛べ!」


 反射的に手を伸ばし、呪文を唱える。


 ゴッ


 そんな音がすると、俺のスキルに弾かれた白ローブが、出てきた繁みに突っこむ。

 キャンがぶるぶる震えながら俺の腕をぎゅっと握ってきた。

 目に涙を浮かべているから、よほど怖かったのだろう。


「終わったよ」


 ラディクの声が外で聞こえる。

 早い!

 襲撃されてから、五分と掛かってない。

 勇者パーティ、凄まじいな。

 客車内には、ミリネ、キャン、俺の三人が残っていたが、勇者の声を聞くと、キャンが窓から外へ跳びだした。

 

「キャン!?」


 止めるまもない勢いで出ていったキャンは、白ローブが突っこんだ木の繁み辺りをウロウロしている。

 俺もじっとしていられなくて、扉から外へ出る。

 客車の後ろから回りこんで、繁みに近づく。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 悲鳴のようなキャンの声が聞こえてくる。

 繁みの後ろをのぞくと、斜面に倒れた白ローブがいて、キャンがそれにすがりついていた。

 フードと白い仮面が外れたその人物は、頭にキャンとそっくりな三角耳がついていた。目を閉じ、口の端から血が垂れているが、顔つきもキャンにそっくりだった。


「お姉ちゃんが! グレン、助けて!」


 あれ? キャンの話し方、たどたどしいものじゃなくなってる?

 どういうこと?

 ゴリアテが、キャンを後ろから抱え、白ローブからひき離す。


「イヤッ! お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


 近づいてきたルシルが、杖の先でキャンの頭に触れる。

 キャンは、カクンと力が抜けた。


「ルシル! どうして!?」


 思わず敬称抜きで叫ぶ。


「こうでもせんと、キャンはそやつから離れんじゃろうが」


 ルシルは、倒れている白ローブの獣人に近づくと、彼女の口へポーションのビンををくわえさせた。

 

「グレン、とにかく今は馬車に戻れ」


 珍しく強い口調のラディクに従い、俺はのろのろと客車の中へ戻った。

 

 




 






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