第129話 狙われた勇者たち(中)
次の日、獣人の都にある宿で、俺はもんもんと過ごしていた。
かわいいケモミミを見に行きたいのに、部屋から出るなと言われたからだ。
その上、例の件から俺を避けているキャンの世話をさせられる始末。
「キャン、そろそろ機嫌直してよ。俺が悪かったから」
頭を下げるが、キャンはこちらを見もしない。
体調が悪いのか、小さな青い顔をうつむけベッドの端に腰を下ろしている。
締めきった木窓の隙間から洩れる光が、薄暗い室内に光の線を引いていた。
「お願いだから……」
俺の言葉にキャンがスッと立ちあがる。
やっと許してくれるかと少し期待したが、キャンは扉を開け、部屋から出ようとした。
「だめだよ! 部屋から出るなっていわれてるんだから!」
キャンは腫れぼったい目で俺を見上げる。
彼女の茶色いローブからは、鼻につんとくる汗の匂いが、たち昇ってきた。
そういえば、昨日の夜キャンをお風呂に入れようとしたけど、そのまま寝てしまったって、ミリネが言ってたっけ。
「水、飲みたい。お腹、減った」
お、ようやく話してくれた!
「宿の人に言って、もらってきてあげるよ。少し横になってたら? それに明日は、みんなでお出かけするって言ってたでしょ?」
「ちょっとだけ。だめ?」
キャンが甘えるような上目づかいで俺を見あげる。
くっ、だめだ!
断りきれない……。
「じゃあ、ちょっとだけだよ」
俺は部屋の扉を薄めに開けると、左右の廊下を確認した。
「ほら、おいで!」
小さな声でキャンを呼ぶと、彼女は俺の左手をぎゅっと握ってきた。
ローブのフードを頭からかぶせてやる。
足音を立てないよう、ゆっくり廊下を進み、階段を降りる。
木の階段が、きいきい鳴るのが気になったが、これくらいなら誰かが部屋に残っていても気づかれないだろう。
階段を降りた所は食堂になっているから、俺はキャンの手を離し、奥のキッチンに声をかけた。
朝食には遅く、昼食には早いという頃合いだったが、幸いキッチンには誰かいたようだ。
顔中毛だらけの、老人か老婆かよく分からない獣人が、陶器のカップを木のお盆に載せて出てきた。
「ありがとうございます」
お盆を受けとって振りかえると、キャンがいない。
「あれ、キャン、どこ?」
お盆を手にしたまま、テーブルの間を歩くと――いた。
先ほどの場所からは陰になっている所に、一つだけ人が座っているテーブルがあり、そこにいる商人風の男がキャンと何か話している。
たれ耳だから、犬の獣人かも知れない。
「キャン?」
俺の声を聞くと、ぴゅーっとキャンが走ってきた。
「道を聞かれてた」
俺が尋ねる前に、小さな声でそう言うと、キャンは近くの椅子に腰を下ろした。
カップを彼女の前に置いてやる。
キャンは、細い喉をクピクピ鳴らし水を飲んだ。
俺も座り、水を飲む。
お、これは!
「レモンみたいな味がする」
「レモン?」
「いや、なんでもない」
きっとあのお爺さんだかおばあさんだか分からない獣人が、気をきかせてくれたのだろう。
さすが勇者の定宿だけはある。
「グレン! 部屋から出るなと言ってあったじゃろう!」
振りかえると、ルシルを先頭に、ラディクたちが階段を降りてくるところだった。
「あれ、みなさん、出かけるって言ってませんでしたか?」
「ふふふ、いろいろ、準備があるのだよ」
なんか腹黒い感じでマールが笑っている。
「ちょっと喉が渇いて、水をもらいに降りたんです」
言い訳がましいが、とりあえずそう言っておく。
「喉も渇くじゃろうて」
ルシルは、テーブルの上に二つ並んだカップを、意味ありげに見ている。
「グレン君、これから行くところがあるから、すぐに用意して」
「え? 明日じゃないんですか?」
「予定変更だよ。急いでね」
慌ててお盆にカップを載せ、キッチンへ持っていく。声を掛けると、さっきの獣人がお盆を受けとってくれた。
ラディクたちは、テーブルに座ってこちらを見ている。
みんなは、もう用意ができてるってこと?
慌てて二階に駆けあがり、手荷物を掴んで食堂に戻る。
俺の姿を見ると、ラディクたちが立ちあがった。
「じゃあ、行こうか」
勇者の明るい声が食堂に響く。キャンは体調がまた悪くなったのか、青い顔をしてふるふる震えている。
そういえば、さっきまで一人だけいた商人風の獣人は、いつのまにか姿を消していた。
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