第124話 新しい呪文

 海岸線が近いせいか、あまり樹木が生えていない草原を、馬車は走っていく。

 時々、地面からにょっきり飛びだした黒い岩の塊が窓の外を横切り、どきっとする。

 カッペーリの街を出てから四日が過ぎた。

 目的地は、フギャウン王国第二の都ワンニャンと言うことだったが、そろそろ着いてもよさそうだ。


 見晴らしのいい丘で馬車が停まると、俺は客車から外へ出て、御者役のゴリアテに話しかけた。


「ゴリアテさん、まだ着かないんですか?」


「安心しな、ワンニャンまではあと少しだよ」


 ゴリアテは、そう言うと、日焼けした顔でニヤリと笑った。

 この人、どう見ても、盗賊っぽいよね。

 しかも、盗賊団の親玉だね。


 外に出たついでに、コートに着いた毛を払う。

 猫人は毛が抜け替わる時期なのか、キャンの毛で黒いコートが白くなっている。

 うーん、この世界にも毛取りブラシとかあるのかな?

 取りにくい、にこ毛で困っているところへルシルがやって来た。


「グレン、何をしておるのじゃ?」


「これ見てください。キャンの毛がコートにいっぱい着いちゃって」


「それを取りたいのか?」


「ええ、手ではなかなか落ちなくて」


「なんじゃ、そんなことか。それ、【清浄ハイクリーン】」


 体を包んだ光が消えると、足元に毛が落ちていた。

 ローブは、漆黒の色を取りもどした。

 魔術、すげえ!


「ありがとう!」 


「お前もこのくらいできるようにならんとな」


「俺にもできるでしょうか?」


「できるはずじゃ。呪文を考えてみよ」


 よーし、やってみるかな。



 ◇


 丘の上でランチを食べた後、草の中から突きだした黒い岩を標的に、呪文を唱えてみる。

 岩の片側には苔のようなものがついているから、成功すればそれが剥がれるはずだ。

 まず、【スキルゲージ】を確認してと。ちゃんと「1」になってるね。オッケー!

 中二病っぽいセリフ、行きまーす。


「天界から注ぐ聖なる光よ、この岩の汚れを浄化せよ!」


 おっ、岩が光ってる!

 いい感じ!

 光の粒みたいなのが、たくさん空に昇ってる。


 どれどれ……。

 おお! すげえ! 苔が綺麗に無くなってる!

 この岩、本当は黒じゃなくて青っぽい色だったのか。

 あれ? 岩の周りに苔が落ちてない?

 苔はどこへ行ったの?

 まあ、いいか。

 おっ、いいこと思いついたぞ!



 ◇


 俺は、客車に乗りこもうとしているキャンを呼びとめた。


「キャン、ちょっとこっちへ来てごらん」


 キャンは、にこにこしながら、跳ねるような足どりで俺に近づいてきた。

 ごろニャンしそうになってる彼女の頭に手を置き、それをやめさせる。


「キャンって、今、毛が抜けてるだろう? どうせだから、抜けかけてる毛をとってあげるよ」


「えっ、ホント!」


 キャン自身も、俺のコートが毛まみれになるのを気にしてたのかもね。


「じゃあ、そこに立って。動かないでよ。天界から注ぐ聖なる光よ、この者の汚れを浄化せん!」


 おお、キャンが光ってる!

 おー、やっぱり、蛍みたいな光が、たくさん空へ上がっていくね。


「きゃ、きゃーっ!」


 突然、キャンが悲鳴を上げる。

 客車に入ったばかりのラディクたちが、慌てて外へ出てくる。


「どうした!?」


 ラディクに聞かれるが、何が起きたか俺にも分からない。

 ミリネがうずくまったキャンと小声で話している。 

 なぜか、キャンの服をめくりあげ、お腹の辺りを見ているようだ。


「グレン、キャンの頭、撫でてみなさい!」


 ミリネに言われ、キャンの頭に手を置く。

 ナデナデ。やっぱり気持ちいいじゃん。

 あれ? なんかモフモフ感が足りない。


「グレン、お前、まさか、キャンにスキルを使ったりしてないじゃろうな?」


 ルシルの声が、異様に冷たい。

 なんかヤバイぞ、これ。 

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