第101話 勇者

 ロドリゴは苛立っていた。

 獣人と人族とのハーフである彼は、獣人国の冒険者ギルドで三年前に銀ランクとなり、力試しの目的で、コレンティン帝国の都までやって来た。

 帝都のギルドに来ても、銀ランク冒険者としてみんなから尊敬されると思っていた。

 ところが、冒険者やギルド職員は、表面的な敬意を見せはするけれど、彼を特別視することはなかった。

 

 それはそうだろう。このギルドには、銀ランクだけで十人以上が在籍しているし、金ランクを三人も揃えた『剣と杖』というパーティがある。

 なにより、かつては、伝説のパーティ『剣と盾』まで所属していたのだ。

 銀ランクだからといって、必要以上の敬意は払われない。

 もし、ロドリゴが思っているような対応をしてほしいなら、せめて金ランクになる必要があった。


 しかし、故郷のギルドでチヤホヤされてきた彼にとって、この状況は我慢できないものだった。


「兄さん、相席頼むぜ」


 どうみても、銅ランクだろう装備の若者が、彼が座っていたテーブルに着く。

 獣人国のギルドでは、自分専用のテーブルがあったのにだ。


「おい、そこに座るな!」


 ロドリゴの言葉で、若い冒険者が素直に立ちあがる。


「ああ、ここ、誰か使ってるの?」


 若者の馴れ馴れしい口調にカチンときたロドリゴが、大声を出す。


「ここは、俺様のテーブルだ! 新米は失せな!」


「えっ? どういうこと?」


 若い冒険者は、言葉の意味が理解できないようだ。


「だから、ここは俺様専用のテーブルなんだよ!」


 ロドリゴの大声に、ギルド内がざわつきだす。

 一部では失笑も起きている。

 

「でたよ、『俺様』が。いるんだよなー、そういう勘違い野郎が」

「言ってやるなよ。これからも、きっと笑わせてくれるぜ、がははは」

「ははは、お子ちゃまが一人増えたようね」


 そんな言葉が耳に入り、ロドリゴは立ちあがり、テーブルに両手を叩きつけた。


「てめえら、舐めてんのか! 俺はウエスパギルドのロドリゴだぜ! 『剛力のロドリゴ』っていやあ、この俺の事だぜ!」


 しかし、彼の叫びは、爆笑の引き金となった。


「「「あはははは!」」」


 それを聞いたロドリゴは、正気を失いかけた。


「てめえら、覚悟しろ!」


 背負った大剣の柄に、彼が手を掛けると、ギルド内がシーンとした。


「へっ、てめえら、びびってんな?」


 しかし、実のところ、冒険者たちが黙ったのは、彼の後ろに立つ人物を見たからだ。


「おー、みんな久しぶり! ところで、コイツ、みんなに迷惑掛けてるか?」


 ロドリゴが振りかえる。

 そこにいるのは、どちらかというと、華奢な男だった。

 肩まで伸ばした金髪に包まれたその顔は、美女と言っても通るほど整っていた。

 体格に恵まれたロドリゴと較べると、頭一つは低い。

 

「あ? なんだ、おめえは?」


 大剣の柄から手を離さず、ロドリゴが男をにらみつける。

 新米冒険者なら、それだけで腰を抜かしそうな迫力だが、金髪の男は口調を変えず、もう一度言った。


「もう一度聞くぞ。コイツ、迷惑か?」


 冒険者たちが、申し合わせたように頷く。

 

「じゃあ、処分処分と」


 美男子は、華奢な右手をロドリゴの大剣に伸ばすと、それをすらりと抜きはなった。ロドリゴは、なぜかそれに抵抗することさえできなかった。


「うーん、百点満点で十点ってところか。焼きが甘すぎる」


 抜き身の大剣を柄から剣先へ眺めた美男子が、独り言をもらす。

 ロドリゴがそれに反論しようとしたが……。


 パキッ


 そんな音が聞こえると、大剣がまっ二つに折れていた。 

 

「こんなもので戦ってたら、いずれ死んでたぞ」


 金髪の男は、ロドリゴの肩を軽く叩くと、二つになった大剣を彼の手に渡した。


「ラディクさん、お帰んなさい!」

「誰あれ?」

「馬鹿! 勇者ラディク、金ランクの冒険者だぜ! あの『剣と盾』のリーダーだ!」


 冒険者が金髪の男性をとり囲む。

 腰を抜かし床に尻もちをついたロドリゴだが、彼に注意を払う者など誰一人いなかった。






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