第100話 潜伏

 店を壊された店主たちからなんとか逃げきり、ミリネと俺は廃墟に隠れていた。

 ここは、下町のスラムに面した場所で、一区画全てが廃墟となっている。

 

「【清浄クリーン】」


 ミリネが唱える魔術で、衣服が綺麗になっていく。

 汚れがひつこかったからか、彼女は自分と俺に、二度ずつ魔術をかけた。 

 それで、ひつこく体にまとわりついていた悪臭が消えたのは助かった。

 廃墟の奥、白っぽい石造りの壁だけが残るこの場所は、静かでうららかな陽射しが眠気を誘った。


「グレン、寝ちゃダメよ」


 隣で壁にもたれて座り、そう言うミリネ自身、かなり眠そうだった。

 

「ああ、分かってる」


 俺に寝るなと言ったくせに、当の本人は、五分もしないうちに寝息を立てている。

 やがて、ミリネは投げだした俺の太腿に頭を載せ、背中を丸めた。

 凄く猫っぽい。

 ブロンドの髪から突きだした、三角耳にそっと触れてみる。

 うお、なんだこれ!

 すっごく気持ちいいぞ。

 もふもふもふもふもふもふ。


 あれ、ミリネ、体がピクピクしてない?

 あ、いつの間にか、目を開けてこっち見てる。

 ジト目で見てる。


 ぴゅーぴゅー

 口笛を吹いてみる。


「そんなことで、ごまかされる訳ないでしょ!」


「ごもっともです」


 バシッ


 痛たたた。これ、自分じゃ見えないけど、絶対ほっぺたが紅葉もみじになってるよね。


「そういえば、あんた、ピュウちゃんどうしたのよ?」


「大丈夫だと思う」


 地下の穴から飛びだしたとき、目の端に空を舞うピュウの姿が映ってたから。

 

「とにかく、明日までは、ここから動かない方がいいわね」


 ミリネはこちらに背を向けたままそう言った。

 

 問題は、その後だよね。途方に暮れるとはこのことだよ。

 どこに逃げたらいいか分からないし……まあ、明日は明日の風が吹くよね。


 

 ◇ 


 帝都に帰って来たルシルは、グレンに貸していた家に行き、そこがもぬけの殻だと気づいた。

 家の数か所に、複数の者が争った痕跡が残されている。


「いったい、これはどういうことだ?」


 グレンは国から、ミリネは教会から、それぞれ追われているが、その二つに所属する暗部は、互いに不可侵を守っていると聞いていたのだが……。

 第三の集団が彼らを狙っているのか、それとも、暗黙の了解を破ってまで二人を確保しようとしているのか、どちらにしても、一刻も早く二人を見つけださなくてはならない。

 特に教会に属する狂信者どもは、たちが悪い。捕まれば五体満足では済まないだろう。


 入り口を開け、外の様子をうかがう。

 もう、この家を見張っている者はいないようだ。

 扉を閉めかけた、その手が停まる。

 どこかで聞いた羽ばたきの音がしたからだ。

 

「ぴゅう」


 間違いない。グレンが飼っているフクロウだ!

 ルシルが扉を大きく開くと、黒い影がさっと室内に飛びこんだ。

 椅子の背にとまっているのは、紛れもなくピュウだった。


「うむ、何か臭うな」


 小さな黒フクロウに顔を寄せたルシルは、さっと自分の鼻をつまんだ。


「なんらこひゃ!(なんだこりゃ) くらいな!(くさいな)」


 目から涙を流しているフクロウが、小首を傾げ、彼女の顔を見る。


「ええい、分かっておるわ。今回だけじゃぞ! 【清浄クリーン】」


 色が黒いピュウは、汚れが落ちたかどうか見た目で分からないが、確かに臭いはしなくなった。


「ぴゅううう」


 椅子の背からルシルの肩にちょんと移ったピュウは、頭を彼女の頬に擦りつけた。


「これ、くすぐったいではないか」


 甘えられて、ルシルもまんざらではないらしい。声が少し嬉しそうだ。


「ご主人様がどこにいるか、お前が私に教えでもしてくれたらなあ」


 そう言ったとたん、ピュウが玄関扉の方へ飛んでいく。

 小さな翼を必死に動かし、そこでホバリングしている。


「もしや、着いてこいというのか?」


「ぴゅう!」


 力強い鳴き声に背中を押されたルシルは、玄関扉を開き外へ出た。





   

 

  

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