第91話 ピクニック(下)

 しばらく三人で呆然とした後、俺たちは黙ってお茶を飲んでいた。

 なぜか、さっきからミリネが俺をにらんでいるが、原因がわからないから気にしても仕方ないよね。


「私が戻ってくるまで、ここから動くなよ」


 ルシル校長が、いきなりそう言ったかと思うと、風のように小屋から出ていった。

 小屋の壁を通し、森の方から悲鳴が聞こえた気がしたが、すぐにまた静かになった。

 帰ってきた校長は、その小さな手に端が焦げた黒い布切れを持っていた。

 彼女はベンチに再び座ると、腕を組んで目を閉じ、しばらく黙ったあと、おもむろに切りだした。


「グレン、お前、『三つ子山事件』のことを『剣と杖』のヤツらに話したと言ったな?」


「ええ」


「その誰かから洩れたのか、それとも、独自の調査で調べたのか、とにかく国はお前を疑っているぞ」


「えっ? どうして、そんなことが分かるんです?」


「これを見ろ。これはな、皇帝陛下直属の秘密組織『黒狼コクロウ』が使ってる服だ。どうも、きな臭いことになってきたな」


「先生、そのコクロウってなんですか?」


 真剣な顔で、ミリネが尋ねる。


「汚れ仕事をするヤツらだ。盗聴、強奪、殺人。何でもありの危険な連中だ」


 ひぇ~、冗談じゃないよ!

 俺、そんなヤツらから狙われてるの?!


「グレン、お前、自分の能力について、大至急、調べておけ。だからといって、適当に魔術をぶっ放すんじゃないぞ。ヘタすると帝都が消えるかもしれんからな」


「わ、わかりました」


「ミリネ、個人授業はしばらく休みだ。しばらくグレンと一緒にいろ。自分たちが危ないと思ったら、お前だけは、好きなように魔術を使っていいぞ」


「は、はい!」


「う~ん、こりゃあ、気は進まないが、ジジイの手を借りないといけないか。だが、ヤツは国とも繋がりが深いからな……」


 ルシル校長は、小声でブツブツ言っている。


「それから、グレン、お前は今から私の弟子だ。誰かに身分を聞かれたら、そう言え。特に、捕まったりしたら、すぐにそう言わんと、拷問を受けるか殺されるかもしれんぞ」


「ええっ!? な、なんで!?」


「なんで? そんなこと、相手にきけ。まあ、答えてはくれんだろうがな」


 そう言うと、校長は肩をすくめた。

 不安そうなミリネが彼女に話しかける。


「先生、寮はどうしましょうか?」


「そうだな。荷物は届けてやるから、とりあえず、今日からグレンの家に住め。まあ、本当は、私の家なんだがな。では、森を抜けた所で別れるぞ。寄り道せず、すぐ家に帰れよ」


「買いものくらいならしてもいいですか?」


「グレン、お前、私の話を聞いてなかったのか? 買いものなら私がしておいてやるから、まっ直ぐ家に帰るんだぞ」


 ルシル校長はそう言うと、腰に着けたポーチ型のマジックバッグをぽんぽんと叩いた。

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