第90話 ピクニック(中)

 ミリネ、ルシル校長、俺の三人は、街中を抜けると、魔術学院へと続く道を歩いた。

 学院が近づいてきたので言っておく。


「ええと、俺、無期限の謹慎なんですが?」


「だからどうした? それにこれから行くところは、学院敷地内にあるが、誰でも利用できる場所だ」


 ルシル校長は振りかえりもせず、そう答えた。

 学院の手前で右に曲がると、木立に入っていく。

 その小径は、人が一人やっと通れるくらいの細さで、知らなければこんなところに道があると誰も気づかないだろう。


 くねくねと曲がる小径は、やがて木立を抜け、目の前に湖がひらけた。

 小さな桟橋には舟が数艘もやってあり、少し離れた所に小屋がある。

 湖で漁をする人が利用する場所かもしれない。


「この小屋だ」


 小屋の前まで来ると、ルシル校長は、そこが自分の家であるかのように、ためらいなく扉を開けた。

 頭をかがめ、狭い入り口を潜る。

 中は四畳半ほどで、片側に網などの漁具が積みかされられているから、実質三畳ほどの広さだった。

 湖側に小さな窓があり、湖越しに小高い丘の上に建つお城が見えた。


 まるで絵画のような景色だ。

 ルシル校長が、ここを目的地に選んだ理由がわかる気がした。


「ここは、とっておきの場所でな」


 彼女はそう言いながら、壁際に立てかけてある板切れと棒を組み合わせ、間に合わせのテーブルを作った。

 慣れた手つきだから、きっとここをよく利用しているのだろう。


「お前らが立っていると落ち着かん。それに座れ」


 ルシル校長自身は、壁際に置かれた小型のベンチに腰掛け、ミリネと俺は、小さな樽をひっくり返したものにそれぞれ座った。

 校長が、腰に着けているポーチの口を開け、そこから陶器のポットとカップを取りだす。

 三十センチもないポーチからは、草のようなもので編んだ籠まで出てきた。


「なんですか、そのポーチ!」


「初めて見るのか? これはマジックバッグと言ってな、稀にダンジョンの報酬で出るんだ」


「へえ、凄いですね!」


 さすが異世界、魔法の便利グッズだね。


「空間収納の魔術なら、こんなもの持たずともいいのだが、あれは常に魔力を食うからな」


「父さんも一つ持ってましたが、凄く高価だって言ってました」


 あれ? ミリネがしゃべった。


「ああ、高いぞ。マジックバッグの種類によっても違うのだが、私のこれなら小さな国くらい買える値段だ」


 おいおい、いくら便利だと言っても、どんだけ高いんだよ!


「ところで、お前、なぜ手紙を読まなかった?」


「ええと、後で読もうと思ってたんですが、忘れてました」


「全く、だらしないヤツだな! 人から手紙をもらったら、すぐに読め!」


「ごめんなさい。おっしゃる通りです」


「ふう……反省したようには見えんが、まあいいだろう。魔術書の方は読んだのだろう?」


「いえ、そちらもまだ――」


「愚か者! なにをやっておる! 自分の魔術に興味はないのか?」


「それがそのう……」


 俺は『三つ子山事件』の真相を吐きだした。


「なんじゃと! その事件なら知っておるが、あれはお前がやったのか!?」


「ま、まあ、今お話しした通りです」 


「……不幸中の幸いだな。手紙には、魔術の練習場所として、そこの桟橋を指示しておいた。もし、お前が桟橋で練習していたなら――」


「学園やお城が消えていた!?」


 ミリネの言葉は、悲鳴に近い。


 もう少しで大惨事になるところだったのか。

 悪運の強さに感謝していいのかどうか、悩むところだなあ。



 

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