第77話 フォレストボア討伐(6)

 ゆっくり近づいてくる巨大なフォレストボアを前に、早口でコウチャンに話しかける。


「俺が一発アイツらにお見舞いしてもいいですか? 足止めくらいにはなるかと」


「……よし、やってみろ! メイリーン、【スロー】の詠唱! 他は撤退の用意!」


「闇のマナよ、深淵から立ち現れ、彼の者の時を喰らえ! スロー!」


 なに、あの呪文!

 超カッコイイ!


 メイリーンが振る杖から淡い紫色の光が出ると、近づいてくる巨大な三頭の猪、そのまん中のヤツに命中する。

 そこから、ぽわんと光の輪が広がると、三頭の動きが急に遅くなった。


 ブヒン!?


 ボアがそんな声を立てたように聞こえた。

 やるなら、今しかない!

 とっさに右手を伸ばし、横並び三頭のうち中央、一番でかいフォレストボアに狙いを定めた。

 

「地獄の業火に焼かれちまえ!」


 ゴゴウッ!


 森の中に天を焦がすほどの火柱が立ち昇る。

 二頭のフォレストボアが、一瞬で炎に巻きこまれた。

 残る一頭が、焦げた体側から煙を上げながら、まっ直ぐこっちへ突っこんでくる。

 至近距離まで引きつけ、残る一つの呪文をお見舞いする。


「ぶっ飛べ!」


 巨大な猪は、力の方向が突然逆転したかのように、やって来た方向へ弾かれた。

 その巨体が、そこにあった火柱に呑みこまれる。

 やがて火柱が消え、森に静けさが戻ると、パチパチいう音が聞こえてきた。

 

「やばいわ! 火を消さなきゃ!」


 メイリーンさんが叫び、火柱が立っていた方へ走りだす。

 彼女の魔法杖から水が流れだし、燃えかけた木や枝の火を消していく。

 しばらくすると、自分の魔術で濡れネズミになったメイリーンさんが戻ってきた。


「グレン……歯を食いしばれ」


 俺の前に立ったコウチャンが、そんなことを言った。


「?」


 ゴチンッ!


 突然頭頂部に衝撃が走り、目から火が出た。

 痛い! 痛すぎる!


 言葉も出せず、うずくまる俺の頭上から、声が降ってくる。


「馬鹿野郎! 森の中で火魔術なぞ使うって、どんだけ抜けてんだ! 延焼したら、学院や街まで危ねえんだぞ!」


 そこまで言われて、やっと自分がやった過ちに気づいた。

 言われてみれば、当たり前のことだった。


「まあ、こりゃ、リーダーが怒るのも無理ねえな。あれじゃあ、素材も回収できねえし」


 山賊トカレの、からかうような声も聞こえる。

  

「だけど、リーダー、コイツのお陰で助かったのも確かだよ」


 ラズナの取りなすような声がする。


「そうは言ってもなあ。メイリーンがいなけりゃ、マジやばかったぞ」


「私も、最初同じような失敗したから。グレンもきっとこれで学んだはず」


 メイリーンさんの声は優しかった。


「ピュピュウ!」


 俺が拳骨を受けた衝撃で、肩から飛びたったらしい、ピュウの声が頭上からする。

 うずくまった自分の肩に、ふんわり舞いもどったピュウの重さが嬉しかった。

 


  

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