第67話 ルシルの観察


 クレタンダンジョンでの出来事は、私に様々な教訓を残した。

 百年以上冒険者として活動したのに、ダンジョンでは何が起こるか分からないという、『冒険初心者の手引き』にさえ書かれているようなことを忘れていた。

 冒険者学校の校長失格だ。

 生徒を危険な目に遭わせてしまった。


 紅い目をしたあの人型モンスターは、恐らく対魔術、対物理属性を持っていた。

 いや、もしかすると、不死属性まで備えていたかもしれない。

 私が所属していた冒険者パーティ『剣と盾』が、かつて挑戦した最難度ダンジョン、『果ての無い迷宮』で出会った黒い狼型モンスター。

 パーティに聖剣を持つ勇者までいたのに、そのモンスターが倒せず、私たちは迷宮下層への挑戦を諦めるしかなかった。

 魔眼を持つエルフ、『魔女ルシル』としての自信を失い、立ちなおるのにずいぶん時間が掛かった。

 思えば、あれも『剣と盾』がパーティを解散するきっかけだったかもしれない。


 魔眼を通しマナの流れが分かる私には、あのモンスターが全属性のマナを取りこみ、それを身体の外に放っているのが見えた。魔術研究者として、私が『マナ循環』と名付けたその現象は、クレタンダンジョンに現れた紅い目の化けものにも見られた。

 ヤツがあの黒い狼型モンスターと同じタイプだったのは、まず間違いない。

 

 そして、その化けものを一撃で葬った、少年の魔術。

 あれは、本当に魔術だったのだろうか?

 魔眼を通して見ていた私には、少年が呪文を口にした瞬間、それまで魔力が全くなかった少年の体に、どこからか爆発的な力が流れこんできたのが分かった。

 虹色に輝くそのエネルギーは、今まで一度も目にしたことがないものだった。


 魔術の研究者として、あの少年には限りなく興味をそそられる。

 彼を観察するため、ミリネの件にかこつけ、彼を魔術学院に入学させることにしたのはそのためだ。



 ◇


 今日は、少年が魔術学院に入学して初めての実技授業がある。

 ポタリィがSクラスの生徒を連れ、魔術実技場である砂州に現れるのを、私は湖のほとりで見ていた。

 自分の身体に闇魔術の『不可視化』を施しているから、生徒たちがこちらに気づいた様子はない。


 砂州の先端にある広場で、ポタリィが生徒たちに諸注意を始めると、私は自分に風魔術を重ね掛けし、宙を漂うように砂州の先端へ向かった。

 ミリネが【ファイア】の魔術を唱える。

 その結果は、思いのほか素晴らしいものだった。

 弟子にしたかいがあるというものだ。


 そして、Sクラスの問題児から挑発を受け、グレンがいきなり呪文の詠唱に入った。

 魔術詠唱には魔法杖が必要だという魔術師としての常識が、私を出遅らせることになった。ダンジョンで、彼が素手で魔術を放ったのを見ていたのにだ。


「おい、待てっ!」


 身を隠しているのも忘れ、思わず叫んでしまう。

 次の瞬間、湖面に火柱が立ち、そこから生じた爆発的な風が生徒たちをなぎ倒した。





 


 

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