第65話 魔術実技


 魔術実技は、校舎から歩いて十分ほどの場所で行われた。

 湖岸から突きだした砂州があり、その先端の広くなった所に生徒たちが集まっている。

 周囲が水なので、魔術を失敗しても大丈夫ということなんだろう。


 湖面に時々魚が跳ねる。遠くに水鳥らしきものの姿もあった。

 生徒たちは、のどかな風景に似合わない、暗くとげとげしい雰囲気をまき散らしていた。

 ポタリィ先生しか大人の姿がないから、彼女が魔術実技の指導教官も兼ねているのだろう。

 彼女は、ミリネと俺の二人だけが他の生徒と少し離れて立っているのを見て、いぶかしげな顔をしたが、それについては触れずに授業を始めた。


「今日は、今までに習った火属性の魔術を、実際に使ってみましょう。練習するのは、生活魔術の【ファイア】、攻撃魔術の【ファイアバレット】です。初めに、【ファイア】から。では、お手本を見せますよ」


 ポタリィ先生はそう言うと、太った体を揺らしながら水際まで歩いた。


「火のマナよ、我に従いてその形を現さん」


 先生が右手で菜箸のような棒を振り、呪文を唱えると、水面の少し上に薄いオレンジ色の火の玉が現われた。

 大きさは握りこぶしくらいかな?

 先生が棒をしゅっと振ると、火の玉が消えた。

 生徒たちがどよめいている。

 先生が見せてくれたなにかが凄かったらしい。


「はい、それでは二人一組になって、一人ずつ試しなさい。見ている方が、相手の術について評価するのよ」


 先生の言葉で、生徒が二人ずつ組みになる。

 悪い予感がする。


「ミストさん、お相手願えるかしら?」


 美少女エリーゼが、目尻を吊りあげ、ミリネに話しかける。

 顔立ちが整っているから、よけい怖い顔になってるよ。

 

「いいわよ」


 えっ!? ミリネ、それ受けちゃうの?

 

 ぽつーん。

 異世界に来ても、俺のポジションはやっぱり「お一人様」だった。



 ◇


 ミリネとエリーゼが、二人並んで水際に立っている。


「さあ、ご覧あそばせ! これがわたくしの【ファイア】ですわ!」


 エリーゼが呪文を唱え、白い棒を振ると、ポタリー先生の時と同じ大きさの火球が浮かんだ。

 ただ、その色はくすんだ赤色だった。 

 だけど、「ご覧あそばせ」はないよね。うん、ナイナイ。


 必死で笑いをこらえていると、エリーゼが夜叉のような顔でこちらを見た。


「そこのヨゴレさん、何か言いたいことでも? さあ、ミストさん、早くあなたも魔術を見せてくださいな」

 

 ミリネは呆れたような顔をしていたが、すぐに表情を引きしめ、水面に腕を伸ばした。

 その手には、鮮やかな青い棒が握られている。

 

「そ、そのワンドは!」


 エリーゼの叫びと同時にミリネが魔術を唱える。

 水面には直径三十センチはある、火の玉が浮かんだ。

 青いその火球は温度が高いのか、下の水面がぶくぶく泡立っている。

 

 エリーゼを見ると、彼女は口をポカンと開けている。

 いや、いくら美少女でも、その顔はダメだろう。

 口からよだれ垂れてるし。

 生徒たちだけでなくポタリィ先生まで、驚いた顔でミリネの後ろへ集まる。

 俺には分からないが、彼女の魔術はかなり凄いらしい。


 最初に彼女の魔術を見たのは『剣と盾亭』だったが、その時はロウソクにやっと火が灯る程度だった。

 ルシル校長に教えてもらったことで、ミリネの魔術は変わったんだね。

 ミリネがどや顔でこちらを見ている。

 尻尾しっぽ、ぶんぶん振っちゃってるよね

  


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る