第64話 嫉妬


 ええい、腹が立つ!

 なんなの、あの獣人は!

 なんであんなのが、ルシル様の弟子なのよ!

 弟子にふさわしいのは、幼い頃から魔術の天才として名高い私、エリザベート=タラ=ジョインスの他にいないじゃない!


 それに、なんなのあの冴えない冒険者は!

 貴族に対する口の利き方も知らないの?!

 お父様に言って、学院から追いだしてもらおうかしら。

 いえ、それはダメ。

 平民が舐めたマネをするとどうなるか、まず思いしらせてやる。

 きっと尻尾を巻いて、自分から逃げだすわよ、アイツら!


 だけど、あの二人、どんな関係かしら。

 兄弟?

 まさか……恋人?

 あー、なんかイライラするわね!

 召使いのライネでもイジメようかしら。


 

 ◇


 学院生活二日目。

 結局、寮に住むことになった俺は、そこから学院に通うことになった。

 ミリネは、ルシル校長の内弟子ということで、学院近くにある校長の屋敷に住むことになった。

 男子寮は、その屋敷から学院までの途中にあるらしく、寮を出たところで彼女と出くわした。

  

「ミリ……ミスト、お早う」


 早く「ミスト」という呼び方に慣れないと、いつか「ミリネ」と呼んでしまいそうで怖いよね。

 

「グレン、あんたの頭、寝癖がとんでもないことになってるわよ」


「えっ、そうなの?」


「ちょっとこっちへ来なさい」


 小径の脇にある小さな泉水で手を湿らせると、ミリネは俺の髪を撫でつけてくれた。


「鏡くらい見なさいよね!」


 彼女はそう言うが、寮に鏡は無かった。

 俺が住むことになった寮は、どうやら平民や獣人専用のものらしく、部屋は小さく、壁には穴が開いており、そこから外が覗けるというボロさだった。

 風通しはいいけどね。

 病みあがりの俺には、固いベッドと隙間風の入る環境が少し辛かった。正直、昨日はあまり寝られなかった。

 こざっぱりしているのは、新品の学生服とローブだけだが、黒に近い濃紺の学生服は、なんか地味で自分がかつて愛用していたジャージを思いだした。


 二人並んで教室へ入る。

 クラスの生徒たちは、朝から教室の隅に集まっていた。

 昨日と違うのは、エリーゼもそこに参加していた事だ。

 全員が、ばっとこちらを向く。

 なにそれ、怖いんですけど。


「来たわね!」


 エリーゼの一言で、他の生徒が口々に喚きはじめた。


「あんた、ホントに『魔女』の弟子なの?」

「冒険者が学院に入るって、笑える!」

「獣は森へ帰れ!」

「なんか臭うんだよ、冒険者は!」

「獣人のくせに、『魔女』の弟子ですって! 私、絶対、信じないから!」


 寝不足の俺は、彼らの大声が頭に響いた。


「あなたたち、私たちのことが妬ましいの?」


 ミリネの静かな声で教室は水を打ったように静かになった。


「……なんですって!」


 どうやら、彼らは反省したのではなく、興奮の余り声を失ったらしい。エリーゼだけが言葉を発した。


「フン! あんたたちの化けの皮なんて、すぐ剥がれるんだから! 午前中の授業は『魔術実技』よ! そこで吠え面かかせてやる!」


 この人たち、興奮しすぎじゃないの?

 とにかく静かにしてほしい、頭痛いから。

  

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