第63話 エリーゼ

 ポタリィ先生による『魔術基礎理論』という名の講義が始まった。

 なんだこりゃ?

 チンプンカンプンで、聞いててもほとんど分からないぞ!

 高校の授業と一緒だぞ、これじゃあ。

 

 ほんのわずかだけ理解できた内容といえば、魔術師は自分の魔力を使い、見えないエネルギー、マナに働きかけて火を起こしたり、水を創ったり、風を生んだりするらしい。

 だけど、これって以前ミリネから聞いたことがあるんだよね。

 だから、授業自体は全く理解できなかった、ってのが正しいね。


 鐘が鳴り、ポタリィ先生が教室から出ていくと、教室の隅にローブ姿の生徒たちが集まり、ひそひそ話を始めた。

 ときどき、チラチラこちらを見ているから、ミリネと俺の話をしているのかもしれない。

 彼らは軽蔑するような視線をこちらへ向けると、一斉に教室から出ていった。

 机に着いたまま、何かを読んでいる生徒がいたので、話しかけてみる。


「ええと、俺はグレン、ちょっと教えてもらえるかな」


 肩まであるブロンドが手で払われると、目鼻立ちがやけに整った色白の顔が現われた。


「なんの用?」


 それは、中学校、高校と散々耳にした口調だった。

 すなわち、話かけてくるなという合図だ。

 この世界に来てから少し自分が変わったのか、そんなことを言われると以前は黙りこんでしまっていたが、今はなんとか話を続けることができた。


「なんでみんなは獣人を嫌ってるの?」 


 それを聞いた美少女は凄く驚いた顔をした。


「……当たり前じゃない! なんで、そんなこと説明しなきゃならないのよ!」 


「だって、それがなぜか、本当に知らないんだよ」


「あんた、馬鹿? 獣人だよ! 耳や尻尾しりおがあるんだよ!」


「えっ!? 耳や尻尾しっぽはカワイイよね?」


「どうしようもないわね! やっぱり、汚れ仕事をする冒険者だわ!」


 美少女が睨む顔は、かなり怖かった。

 

「汚れ仕事?」


「そうよ! だって、魔獣を殺して皮をはいだりするじゃない!」


「ええと、魔獣の数が増えると村や町を襲うことがあるから、冒険者が魔獣の数を減らすんじゃないの?」


「そんなことなんて、どうでもいいのよ! とにかく冒険者は卑しい仕事なの!」


 ダンジョンで化けものに襲われたとき、命懸けで助けに来てくれた冒険者の人たちが思い浮かんだ。


「いや、冒険者は、卑しい仕事じゃない。誰がなんと言おうと、俺は自分自身の目で見たことを信じる」 


「ふん、ご勝手に! けものとヨゴレ、いい組み合わせね!」


 美少女はミリネと俺を順に指さした。 


「お前――」


 俺が抗議しようとすると、教室の扉が開き、ルシル校長が顔を出した。

 

「グレン、ミリ……ミスト、ちょっと来い」


 校長の姿を目にした美少女の態度が豹変した。


「えっ、ま、『魔女』ル、ルシル!? ほ、本物!?」


「お前は……エリーゼだな、大公家の」


「な、名前を知ってくださっているとは、こ、光栄でひゅっ!」 


 エリーゼと呼ばれた少女は、急ぐあまりつまずきながら、ルシル先生の前に出た。

 何をそこまで興奮してるんだ、こいつは?


「ルシル様、お願いです! 私を弟子にしてください!」


 少女が頭を下げている。

 あれ? この世界って、貴族は頭を下げないんじゃなかったっけ?


「すまん、知っているだろうが、弟子は取らん主義でな。ただ、後にも先にも、一人だけ弟子にした者がいる」


「ええっ! ま、魔女の弟子! 羨ましい! そ、それ、誰なんです!」


 近い、近い! 顔をあそこまで近づけると、校長もさすがに引くよね。


「そこにいるミストだ」


「げっ……」


 美少女が「げっ」って、それダメでしょ。

 呆然と立ちすくむエリーゼを残し、ミリネと俺はルシル校長に続き教室を出た。







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