第3章 帝都の魔術学院
第1部 帝都到着
第57話 帝都
クレタンの街から駅馬車で四日、ミリネと俺はやっと帝都に着いた。
ギルドから紹介された駅馬車は、荷馬車に幌がついただけの簡単なもので、秋になりかけているから、朝夕は冷たい風がそのまま吹きこんでくる。
その上、この世界の馬車にはサスペンションなどというものはないようで、地面の凸凹が直接体に響いた。お尻がとても痛い。ミリネは、レシーナさんから餞別にもらったクッションで難を逃れていた。
旅の途中、野宿したせいか体調が悪い。どうやら風邪を引いたようだ。
帝都を守る高い城壁を抜けると、白壁の家並みが広がる美しい街だった。
石畳で舗装された通りは、馬車四台が並んで通れそうなほど広い。
荷馬車は、かっぽかっぽと蹄の音を立て、厩舎が並ぶ広場へと入っていく。
「着いたぞ、帝都だ」
御者のおじさんは、それだけ言うと幌馬車から馬を解き、その世話を始めた。
「グレン、大丈夫? やけに顔色が悪いわよ」
「大丈夫、大丈夫……」
そうは言ったが、荷台から降りた途端、目まいがしてうずくまってしまう。
「全然大丈夫じゃないじゃない! 待ってなさい! 人を呼んでくるから!」
ミリネはそう言うと、どこかへ駆けていった。
「おい、お前っ! さっさとどけろっ! そんなところで馬に踏み殺されてえのか!」
「邪魔だ、邪魔だ!」
「おい、なんでそんなとこに座ってんだ!」
頭の上でそんな声がするが、熱が出たのか、だるくなった体を動かすことができない。
近くにあった木の柱に倒れるようにもたれかかると、意識が遠ざかっていく。
限りない喉の渇きにのみこまれるようにして意識を失った。
◇
目が覚めると、周囲は暗く、なにか香ばしい匂いがした。
手で探ると、自分の上に干し草が載っているようだ。
匂いは干し草のものだった。
「ミリネ?」
近くで誰かの寝息が聞こえる。
寒気がしたので、周囲の干し草を自分の方へかき寄せた。
馬が息を吐く音が聞こえたから、ここは厩舎かもしれない。
そんなことを考えながら、眠りにつこうとするが、喉の渇きがそれを妨げる。
がさごそやっていると、聞こえていた寝息が止まった。
「グレン、起きてる?」
ミリネの声を聞き、なぜだかすごくほっとしてしまった。
「起きてる」
「ごめんね。薬師には、来てもらえなかった」
治療師のことを尋ねようとして、教会には近づけないことを思いだした。
「宿も借りられなかった」
ミリネの声は暗かった。
そういえば、ギルマスのフッカさんが、お金が入った革袋を渡してくれたはずだ。
あのお金では宿代に足りなかったのかもしれない。
「み、水が欲しい」
喉の渇きは耐えがたいものになっていた。
「あ、待ってて……はい!」
ミリネの手が俺の手に触れ、果物だろう丸いものが渡された。
しゃくりと歯を立てると、それはリンゴに似た、しかし、かなり酸っぱい味がした。
果汁たっぷりの果物は、身体の隅々にまで沁みわたった。
「明日のために、ぐっすり寝た方がいいよ。ごめんね」
なぜかミリネは、またそう言った。
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