第53話 魔女の力

 近づいてきた紅目の化けものは、口の両端をきゅっと釣りあげると、白い歯をむき出した。

 ヤツは手にした棒を大きく振りかぶる。

 このままだと俺が逃げても先生の上にそれが降りおろされる。

 さっきは、壁を蹴って難を逃れたが、今はその壁も届かない。

 悪いことに、手にしていた剣もどこかへいってしまった。


 ブウォン


 そんな音を立て、棒が落ちてくる。

 まず受けとめられないだろうが、とりあえず腕を交差させ衝撃に備える。


 ゴウッ


 目の前が赤く染まる。

 化けものの体が、松明のように燃えている。


「グレン、逃げてっ!」


 ミリネ?

 空耳だろうが、ここはとにかく声に従おう。

 ザカート先生に肩を貸そうとすると、彼の左腕が無くなっているのに気づいた。

 さっき化けものが振っていた「棒」が、まさに先生の左腕だったらしい。

 

 先生の右側に回りこみ、肩を貸して立たせる。

 声が聞こえた、部屋の入り口へヨロヨロと進む。

 光の玉が浮かび、それに照らされたのは、ルシル校長とミリネの姿だった。

 その後ろには、冒険者たちがいるようだ。

 思わぬ救援に、俺は思った。助かったと。

 その気持ちをあざ笑うかのように、例の声が聞こえた。


「ケケケケケケ」



 ◇ ― ルシル ―


 第四層の安全部屋に入ると、黒っぽい人影が床にうずくまる二人に、太い棒を振りおろすところだった。


「ファイア!」


 短縮詠唱で、人影に火魔術を撃つ。

 そいつは、人の形をしているが、明らかに何か別のモノだった。

 ただ、今の魔術で焼け死ぬだろう。

 

「グレン、逃げてっ!」


 ミリネが叫ぶと、うずくまっていた一人がもう一人を支え、こちらへ運んでくる。

 全てが終わったと思った時、私は背筋が凍る声を聞いた。


「ケケケケケケ」


 どういうことだ?!

 ヤツは、魔術の直撃を受けたはずだ。

 生きているはずがない!


 私は右目の魔眼でマナの流れを調べてみた。

 こ、これは……。

 魔眼を通し、見覚えがあるマナの流れが見えた。

 かつて戦った、あるモンスターと同じだ。

 私たち『剣と盾』は、パーティメンバーに勇者までいたのに、そいつから逃げることになったのだ。


「コイツはヤバい! みんな、今のうちに逃げるんだ!」


 私の声に、部屋の奥で固まっていた生徒たちが、壁に沿って動きだす。

 よほど怖い目に遭ったのか、学生たちはその多くがとり乱していた。

 正気の者が、そういった生徒をなんとかこちらへ誘導している。

 それに気がついたのか、人型の黒いヤツが、ゆっくりと左手の壁沿いに逃げている生徒へ近づく。


「インフェルノ!」


 上級魔術をお見舞いしてやる。


 ボンッ


 凄まじい炎が黒いヤツを呑みこんだ。

 

「すぐに動き出すぞ! 急いで逃げなさい!」

 

 大声で叫ぶ。

 ヤツの紅い目が私の方を向いたのが分かった。

 標的を私に決めたようだ。

 それなら、かえって好都合だ。

 ヤツがこちらに注意を払っているかぎり、生徒は逃げられるだろう。

 だが、私の考えが甘かったと、すぐ思い知らされることになった。


 



   

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