第54話 反撃
ルシル校長が唱えた魔術によって生まれた火の玉が、紅目の化けものの口へ飛びこんだ。
ヤツの体中からぶわっと火が噴きだしたが、その動きはわずかな間、停まっただけだった。
そして、校長目掛け、凄まじい勢いで突進してくる。
「アイスバインド!」
校長が再び唱えた魔術によって、化けものは一瞬で全身を氷に覆われ、動きを停めた。
しかし、……。
ビキキ
そんな音がすると、氷に無数のヒビが走る。
誰かが灯りがわりに宙に浮かせた輝く玉に照らされ浮きあがったヒビが、氷の彫像を包む白い網のように見えた。
バキン
氷をつき破り、化けものが校長に迫る。
「くっ! アースバインド!」
校長の魔術で地面が盛りあがり、化けものの足を拘束する。
バキンッ
あっという間に土のくびきから解き放たれたヤツが、校長に襲いかかったように見えた。
「えっ!?」
その校長が驚きの声を上げる。
化けものは、目の前にいる彼女に見向きもせず、その後ろで控えていたミリネに躍りかかったのだ。
「キャーッ!」
ミリネの悲鳴が安全部屋に響いた。
左肩をザカート先生を貸している俺は、思わず右手を伸ばし叫んだ。
「やめろっ!」
化けものは、なぜか壁にぶつかったようにその動きを停めた。
「ミリネ! 逃げて!」
俺の声にかぶせるように、ルシル校長の声が聞こえた。
「アイスランス!」
宙に現れた二メートル近い氷の杭が、化けものの胸につき刺さる。
グシュッ
氷の杭はヤツの体を突き抜け、その先端が背中から飛びだした。
しかし、その衝撃で目が覚めたかのように、再び動き出したヤツの手が、とうとうミリネの肩を捉えた。
「やめろーっ!」
右手を化けものに伸ばしたまま叫ぶ。
なぜか、ヤツの動きがまた停まった。
腰を落としかけたミリネの体を、駆けよった校長が支える。
「グレン、部屋から出ろ!」
校長の言葉で、慌てて部屋の外へ向かう。
化けものがどうなっているか、確かめる余裕もなく、ザカート先生を支え前へ進む。
部屋の入り口まで、ほんの二、三メートルだが、その距離が無限にも思えた。
校長とミリネに続き部屋から出る時、一瞬振りかえると、彫像のように動かない化けものが見えた。
◇
部屋の外、第三層の階段へ向かう通路に、多くの生徒たちがたむろしていた。
冒険者のお姉さんが力なく座っている生徒を励ますように声を掛ており、大柄なおじさんは生徒を背負い階段がある方へ歩きだしていた。
生徒の数からしてその半分以上は、上の階層へ逃れたようだ。
「カカカカカ」
安全部屋の中から、再び不気味な声が聞こえてくる。
「ミリネ、しっかりなさい!」
小柄な校長は、自分より大きなミリネの体をもて余しているようだ。
ミリネは、さっきの恐怖から足に力が入らないようだ。
部屋の中、薄闇に二つの紅い目が光る。
出口の壁に、びちゃりと血塗られた手を着き、化けものの体がゆっくり通路へ出てくる。
目の前で床に座り込んだミリネを見て、無性に怒りが湧いてくる。
再びヤツに向けて叫ぶ。
「来るな!」
さっきは命令すると動きを停めた化けものだが、今度の呼びかけは効果がなかったようだ。
「グレン、右手よ! そいつを右手で狙って叫ぶの!」
ルシル校長が焦った声でそんなことを言った。
右手で狙う?
化けものは、再びミリネの方へ近づいてくる。
ええい、こうなりゃ、ヤケクソだ!
俺は右手を化けものへ伸ばし、叫んだ。
「ぶっ飛べ!」
ドパンッ!
化けものの体が、何か巨大なものに弾かれたようにすっ飛んだ。
通路の壁や床にぶつかりながら転がっていく。
何が起こった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます