第43話 闇の中で(中)
ダンジョンの入り口に立つ中年男性ストリスは、すでに冒険者稼業十五年を超えるベテランだ。
長年付き合ってきた酒場の女との間に子供ができてから、急にダンジョンへ潜るのが怖くなり、最近では街の雑用や薬草採集の仕事で食べている。
ダンジョン前の歩哨はその中でも割がいいから、彼は機嫌が良かった。
普通なら近寄らない、強面のザラートに話しかける程度には。
「あんた、ザラート、だよな?」
「ああ、そうだが、あんたは?」
「俺っちストリスってんだが、何かあれば、あんたに知らせるよう言われててね」
「そうか。何かあったか?」
「あったってほどじゃねえが、冒険者学校の小僧たちがダンジョンに入った後、見かけねえヤツらが、十人以上来たんだ。そいつらの様子がちょっとおかしかったもんで、知らせとくよ」
「すまんな。そいつら、どうおかしかったんだ?」
「うーん、どうっていってもなあ。なんとなく普通のヤツらと違ったとしか言えねえな。これからダンジョンに入ろうってのに、だらけてるっていうか、とにかくどっか変だった。ニヤニヤ笑いしてるのまでいたからな」
「……よく知らせてくれた。万一があるかもしれん。すまんが、これからギルドに知らせてくるから、ここから動かんでくれるか?」
「まあ、それが俺の仕事だからな」
「頼むぞ!」
ザラートは、あっという間に走りさった。
「ギルドはすぐ近くなのに、なんであんなに慌ててるんだ?」
ストリスは、呆れたようにザラートの後ろ姿を見おくった。
◇
グレンを追う男たちは、かなりの速度でダンジョンを進んでいた。
「おい、おめえ、さっきから震えてるが大丈夫か?」
一人の男が前を進んでいる男の不調に気づき、声を掛けた。
「お、俺にかまうな!」
そう叫んだのは、第一階層で黒いスライムに襲われた男だ。
「なんだと! 心配してやってんのに、なんだその態度は?」
「げ、げえぇ……」
「おい、こいつ吐いてるぜ!」
「大方、悪いもんでも食ったんだろ。それかダンジョン酔いだな」
「そりゃあ、初心者がなるヤツだろ? どう見ても違うだろ」
「ここは第二層だからな、最悪こいつだけここに残してきゃあいい。誰かが拾ってくれるだろう」
「ま、そうだな」
(けけけけけ)
「おい、誰か笑ったか?」
「いや、何も聞こえんぞ。お前の空耳だろう」
一行は、体調の悪い男を残し、さらに前進を続けた。
◇
「やっと追いついたか?」
追跡者の一人がそう言ったのは、第一層の奥、ボス部屋の前だった。
ボス部屋の扉が閉まっているから、中で誰か戦っていることになる。
「中にいるのがヤツらなら、ボスを倒して安心したところを襲うぜ」
「だけど、その前にこっちもボスを倒さなくちゃいけねえじゃねえか」
「そりゃそうだが、第一階層のボスは通常のゴブリン三体だぜ。瞬殺して後を追うぞ」
「ゴブリンか。じゃ楽勝だな」
(ケケケケケ)
「おい、やっぱり何か聞こえねえか?」
「ああ、今のは俺も聞こえたぜ」
「ありゃあ笑い声か?」
「人の声には聞こえなかったが……なんだ、あいつか。まったく、驚かしやがって!」
薄闇の中から姿を現したのは、置いてきたはずの男だった。
冒険服の胸に黒い染みを作った男は、俯いたままゆっくり男たちに近づいてくる。
ボス部屋の前で座って休んでいた男たちは、遅れてきた男への興味をすぐに失ってしまった。
男は集団の中ほどに立つと、口を三日月のように開け笑った。
「ケケケケケ」
顔を上げた男の両目は、血の色に染まっていた。
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