第29話 始末(下)
六畳ほどのそれほど広くない個室に入った俺は、連れていた女魔術師を立たせたままにし、ミリネと並んでソファーに腰を下ろした。
久しぶりに柔らかいものに座れたから、すぐにウトウトし始める。
「きゃっ!」
悲鳴がしたので目を覚ますと、こちらに背を向けドアノブに縛られている手を掛けた魔術師の女がいた。
肩の辺りから煙が出ているから、逃げようとしたところをミリネに魔術で攻撃されたのだろう。
突然、ドアが勢いよくこちら側へ開き、それに顔をぶつけた魔術師の女は悲鳴を上げ床へ倒れた。
ゴンという音がしたから、床でも頭を打ったのだろう。縛られた両手で頭を抱えている。
そこへ入ってきたのは、光沢のある黒い服を着た、痩せた初老の男だった。右の袖から金属製のカギ爪が三本つき出している。
その人物を見た魔術師の女は、声も上げず白目を剥き気を失った。
「おう、グレンってのはお前か?」
「はい、俺です」
「俺はここのギルマス、フッカだ。誘拐犯ってのは、その女か?」
「ええ、それと彼女のパーティ三人です」
「おい、ってことは『赤い剣』ごと誘拐に関ってたのか?」
「はい、そうです」
「……道理で誘拐犯が捕まらないわけだぜ。前から年少の冒険者が消えることがちょくちょくあってな。そいつらが隣国の奴隷市で売られてるってわかったから、誘拐犯を捉えるために、ギルドから秘密の依頼を出したんだ。誘拐犯捜索の中心になって活動してたのが『赤い剣』だからな。犯人が捕まらんはずだよ」
ギルマス、フッカはギロリと床の女に視線をやった。
この人、怖いよ。
「今回はご苦労だった。今日はギルドに部屋を用意したから、そこへ泊ってくれ」
「いや、俺、早く宿に帰りたいんですが――」
「特別室には風呂もあるぞ」
なんだって!?
「わ、わかりました。今日はここに泊まります」
「二人とも、とりあえず風呂に入って仮眠を取れ。起きたら詳しく聞かせてもらいたいこともあるからな。じゃ、レシーナに案内させるから、それまでここで待ってろ」
「あの、レシーナって?」
「あー、お前の受付を担当した娘だ。じゃ、大人しくここで待ってろよ」
フッカは立ちあがると、淀みない動きで魔術師の女に近づき、右手、つまり金属製の三本フックを彼女のふくらはぎに打ちこんだ。
「ギャーっ!」
気を失っていた女が、激痛で目を覚ます。
叫び声に驚いたピュウが、俺の肩から落ちそうになる。
「グガガガ」
聞いたこともないような悲鳴を上げ、魔術師の女がフッカに引きずられ部屋を出ていく。
あまりのことに、ミリネはそちらから顔を背け、見ないようにしていた。
◇
「絶対に、こっち見ないでよ!」
なぜミリネがそんなことを叫んでいるかというと、ギルドが俺たちに用意してくれた部屋が豪華だったのはいいのだが、浴室スペースとの境が布だけで仕切られていたからだ。しかも、その布がレース状のもので、見ようと思えば中がのぞけてしまう。
「見るわけないだろう!」
「……なんでよ、私に興味がないの?」
いや、見て欲しいのか欲しくないのか、どちらかはっきりしてくれ!
「俺、外に出てるから」
「ダメっ! 絶対そこにいてよ!」
こうなると、ベッドに潜りこむくらいしかすることがない。
しかし、そうなると、衣擦れの音や水音が、若い妄想をかきたてるワケですよ。
ノックの音がしたので、慌ててベッドから飛びだすと、浴室の方を見ないようにしてドアの所まで行く。
ドアは開けず、小声で問いかける。
「なんですか?」
「ギルマスが、そろそろお話を伺いたいと」
若い男性の声がする。
あのギルマス、仮眠をとれなんて言ってたのに、全くその気なんてなかったな?
「用意ができたら受付へ行きます」
ミリネが入浴しているところに、見知らぬ男を入れるワケにもいかないからね。
「なるべく早くお願いします」
そんなこと知るか! なるべくゆっくり行ってやる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます