第28話 始末(上)
解放されたミリネは、巻かれていた布の上に力なく横たわったままだ。
彼女の目から涙がこぼれる。
一度拭いてやったが、涙が止まらないから、とりあえず彼女を座らせハンカチを握らせておく
気絶している魔術師の女性からローブを奪い、震えているミリネに掛けてやる。
そうしておいてから、切られた腕を押さえうめいているヤツらの応急処置にかかる。
手首の傷口から少し上を、ありあわせの紐できつく縛っていく。
女、盾の男、剣士らしい男の順だったが、最後の男への処置を終えた頃には、そいつは呼吸も早く意識もはっきりしていなかった。
処置の順番が最後だったから、他のヤツより血を多く失ったのが悪かったようだ。
「怖かった……」
口がきけるようになって最初にミリネが言葉にしたのがそれだった。
「グレン、来てくれありがとう」
ミリネを救えて、俺は本当に嬉しかった。
それと同時に疲れがどっと出て、床に座りこんでしまった。
「こいつら、私を奴隷商に売るつもりだったみたい」
「とんでもないヤツらだな」
「今までに、たくさんの人が犠牲になってるみたい」
俺は四人の命を救ったことを後悔しはじめていた。
体調が万全でないミリネと俺の二人では、四人を地上へ連れていくのは無理だろう。
ミリネと相談して、気を失っている魔術師の女だけ連れ、地上へ戻ることにした。
他の三人は通路に放置したままモンスターのエサにしても良かったのだが、ミリネがモンスターの出ない部屋があるというので、俺一人で苦労して三人をそこまで運んだ。
魔術師の女が目を覚ましたので、すでにくくっておいた彼女の両手から伸ばしたヒモを持つ。呪文が唱えられないよう猿ぐつわをしておいた。
女が見張れるように、俺とミリネは彼女の後ろから歩き、長い時間をかけダンジョンから外へ出た。
ダンジョン入り口には税金を徴収する関係か、槍と斧が組み合わさったような長い柄の武器を持ったおじさんが立っている。
鎧を着ているから、騎士かも知れない。
彼が俺たちに気づいた。
「おい! その女、どうしたんだ?」
「この女のパーティがダンジョン内で人さらいをしていたようです。俺の友人、ああ、この子ですが、彼女がさらわれかけたところをたまたま助けることができました」
「なんだと! そりゃ、大事だ! その女の仲間は?」
「俺たちだけでは運べないので、縛ってニ十一層のモンスターが出ない部屋に置いてます」
「そうか! とにかく、お手柄だな! 俺は詰め所へ知らせてくる。お前ら疲れてるだろうが、ギルドへの報告を頼めるか?」
「……わかりました」
一刻も早く宿に帰って水浴びを済ませて眠りたいけど、これは仕方ないかな。
後ろ手にひもで縛った魔術師の女を先に立て、重い体をひきずるように、ミリネとギルドへ向かった。
◇
ギルドに入ったとたん、冒険者たちが騒ぎだした。
「おい、ありゃいってえどういうことだ!? なんでトリアネさんが、ルーキーに縛られてるんだ?」
「おい、どういうことか説明しろ!」
「いい加減なこと言うと許さないわよ!」
中には女魔術師の知りあいもいるようだ。
そのままだと冒険者たちから何かされかねないタイミングで、受付のお姉さんが割ってはいった。
「グレン君、どういうことか説明してくれるよね?」
「ええ、こいつがここにいる俺の友人ミリ……ミストを誘拐しようとしたんです」
「でも、どうしてそんなに……血だらけになってるの?」
俺が来ている服の上下は黒褐色に変色していたが、それはモンスターの返り血を浴びたからだ。
「「「げっ!」」」
すぐ近くで俺たちを取りかこんでいた、冒険者の輪がすっと広がる。
「彼女がさらわれたのは、第ニ十一層なんです」
「「「……」」」
冒険者たちが黙り込む中、受付のお姉さんが話を続けた。
「もしかして……二十一層までソロで進んだってこと?」
「えっ!? あ、ああ、そういえばそうなりますね」
「おい、マジかよ!」
「いや、そんなことあるわけねえ、あいつまだルーキーなんだろ?」
「一人でニ十階層越えなんて、怪しいもんね!」
冒険者たちが口々に話しはじめる。
「グレン君、ここではなんだから、とりあえず奥へ来てちょうだい」
「とにかく、早く二十一階層に人を送った方がいいですよ。三人とも死にかけてますから」
大事な用件だけは伝えておく。
肩にピュウを乗せた俺は、ミリネと一緒に奥の個室に押しこまれた。
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